【あらすじ】
兵器工場に勤めるカドガン・ウェスト青年が、ロンドンの地下鉄の線路脇で死体となって発見された。死体の服のポケットに入っていたのは、イギリス国家の最高機密とされ、ウェスト青年が勤める兵器工場の金庫室に厳重に保管されていたはずの最新鋭兵器「ブルース・パーティントン型潜水艦」の設計書の一部であった。残り3枚の図面は潜水艦の設計書の中でも特に重要な部分で、その3枚が敵国に渡ればイギリスが重大な危機にさらされることは明白であり、政府の内部は大騒ぎとなった。
そしてホームズの兄マイクロフトが自ら訪ね、弟のシャーロックに事件の捜査を依頼した。国家の最高機密である新型潜水艦の設計書がなぜ持ち出されたのか、死体はどうやって運ばれたのか。残りの3枚の図面はどこにあるのか。マイクロフトは、他の事件の依頼を全て後回しにしてこの事件の捜査に全力を尽くすよう、ホームズに強く要請した。
【感想】
マイクロフトの登場する作品、というだけでもお気に入り。但し「ギリシャ語通訳」でうまく兄弟の活躍を描けなかったせいか、マイクロフトが前面に登場する作品は数少ない。「両雄並び立たず」なのか。
その点本作品は、兄弟が力を合わせながら一歩一歩真相に近づいていく構成に徹底しており、捜査の手順もいつになく明確な様子が他の作品と違っている。
当初の警察の「筋読み」と同じ感想を持っていたホームズは、捜査を続けるうちに別の仮説にたどり着くことになる。切符の持たない被害者とポイントが集中している死体発見現場の特徴から、地下鉄の屋根のトリックを見破り、そこから犯人を推測する手順。そして不思議な広告から事件と関連付け、そこから実行犯をおびき出す「罠」。一つ一つを「ネジでキッチリと締め上げた」ような構成であり、作品全体の完成度が非常に高く感じられる。私もお気に入りの作品だが、ドイルの代表作の1つと言いたい。
話が国家レベルになる作品はホームズ物語でいくつかあるが、そんな事件の真相は意外と身近にあるケースが多い。この作品もその1つ。最初は犯人と思われたカドガン・ウェストが実は、設計書を取り返そうとして逆に命を奪われた事実。残された婚約者と自殺した潜水艦局長に思いをはせるとともに、「カドガン・ウェスト」の名前は、読後もしばらく心に残った。
それにしても、マイクロフトがホームズの部屋に来ることを「田園の小道を市街電車が走っている」だの、「惑星がその軌道をはずれて飛び出したようなもの」だの、よくもまあこんな表現を使い回すことができるなと感心する(笑)。仲のいい兄弟である。
(兄マイクロロフトの初登場作品はこちらから)