中学の入学祝いで買ってもらったホームズ全集を読み終えた後、兄が買って「積んどく」になっていた文庫版「Xの悲劇」をちょっと借用。ホームズ物から比べるとかなり難解そうで、また400ページを超える分量は荷が重いと思ったが、1日50ページを目標に少しずつ読み始めた。そうしたら、またページをめくる手が止まらなくなり・・・
Xの悲劇【新訳版】 (創元推理文庫) [ エラリー・クイーン ]
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【あらすじ】
満員の市電の中で、巧妙な殺人が発生する。被害者である株式仲買人のハーリー・ロングストリートは多数の人間から恨まれていた。お手上げとなったサム警視とブルーノ地方検事は、元舞台俳優の名探偵ドルリー・レーンに協力を要請する。
やがて、ブルーノ地方検事の元に、ロングストリートが殺されたときに同じ市電に乗り合わせていたという者から殺害犯人を教えるという密告状が届く。捜査陣が待ち合わせのフェリー発着場に行くと、そこで誰かがフェリーから海に落ちたと騒ぎが起きる。被害者の顔は潰れて判明できなかったが、死体の特徴から市電の車掌チャールズ・ウッドと判明する。ロングストリートの共同経営者で渡船場に居合わせたジョン・ドウィットが一連の殺人事件の犯人として逮捕され、裁判にかけられる。
【感想】
最初の事件は満員の市電の中で起きた、ミステリー史上最も特徴ある凶器が使われた殺人事件。その時私はその凶器の特徴から、「犯人はこの人しかいない」と考え、サム警部を中心とする捜査手法にいら立つ。ミステリーってこんなものか、とその時は思う。
そんな気持ちは第2の事件で一転する。読者の心の内を読み切った「クイーン先生」から、ミステリーとはそんな簡単なものではないのだよ、と諭されたかの様。その後の捜査で見つけた事実の1つにちょっとした違和感を覚えたが、それが何を意味するのかまで思いが至らず。やむなくそのまま読み進めていく。
ここで警察が見切り発車的に犯人を逮捕するが、ドルリー・レーンが強烈な反対の論陣をはり、容疑者を見事弁護、無罪を勝ち取る(おいおい、レーンは警察に頼まれて捜査の助言をするのではなかったのか?)。その後の容疑者を囲んだパーティーで、レーンは容疑者に対しダイイング・メッセージの助言を行う(おいおい、そんなメッセージを出す場面を回避してあげなくちゃ!)。そしてレーンの「心配」通りに第3の事件が発生。そこから解決までは一直線だったが、終盤で犯人の名前が告げられてビックリ! まんまと「クイーン先生」の術中に嵌まってしまった。
そしてあの「舞台裏」での回答編。手が届きそうで決して届かない真相。私がスルーした事実を軸に、数々の手がかりを洗い出し、それを周到に紡ぎ合わせて推理を開陳するドルリー・レーン。その細部まで行き届いた論理の展開は、ショパンの「英雄ポロネーズ」を聴いているかのように、華麗で力強い。
クイーン作品の「最初の一撃」。私にとって思い入れの深い作品であり、「真相に手が届きそうで決して届かない」ミステリーをその後探し続けることになった作品。但しその思いを満たしてくれた作品は余りにも少ない。
10代の頃、よくこんな夢を見た。
雨の中、バスに乗り込む賑やかな集団。その中心にいるハーリー・ロングストリート。ふとポケットの中に手を入れると指先に痛みを感じ、見るとそこに血が。そして苦悶の表情に変わりその場で倒れる。悲鳴をあげる周囲の人たち。
視点はバスの上空に移る。この凶事を警察に知らせるため、車掌がバスから降りて走り出し、そして人混みに消えてゆく。視点は更に広がり、セピア色をした、世界恐慌の名残を見せるニューヨークの街全景を映しだす。
これが周到かつ巧妙に計画された、連続殺人そして「レーン四部作」の幕開けであった。