小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

17 ウィステリア荘 (挨拶)

【あらすじ】

 スコット・エクルズ氏がウィスタリア荘に招待される。荘の主人ガルシアは普段は明朗で社交的だが、招待を受けた時は全く話が弾まず、不愉快な思いになる。ところが翌朝、主人のガルシアをはじめとして召使いたちがみんな消えてしまった。ガルシアはウィスタリア荘から1マイルほど離れたところで死体となって発見され、警察はエクルズを容疑者として追及する。

 地元のベインズ警部は、夕食中に届き、その後特にガルシアの機嫌が悪くなったという手紙を見つけ、暗号文のような内容をホームズたちに示す。ホームズは手紙の内容から、ガルシアが向かっていたのは近くの大きな屋敷であるとにらむ。

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【感想】

 「まだらの紐」でも舞台になったサリー州での事件。この作品でも美しい風景と書かれている。さぞかし美しいのだろうなあ、と素直に思う私(ちなみに作家ドイルはサリー州副知事に任命されている)。

 ホームズ特有、というよりドイル特有の、まずあまり事件には関係なさそうな、不思議な出来事から話はスタートする。ホームズに相談に来る依頼人を追いかけてホームズの部屋で出会う警察。この展開は「ノーウッドの建築師」を思い出させる。

    警察は、今回はホームズの依頼人であるエクルズ氏を逮捕しなかったが、ウィステリア荘に戻ってきたガルシアの召使いの大男を殺人容疑で逮捕する。ホームズは近所の怪しい屋敷に真相があると判断して、見張りをつける。そして事件の鍵を握る家庭教師の女性を保護することに成功して、最初の「不思議な出来事」から遥かに遠い、スコット・エクルズ氏から見た景色の「裏側」の真相が判明する。

 本作品は気になる点が多い。その点が作品と一体となっているかは別にして。

 第1は、地元警察の捜査が、ホームズをも感心させる出来栄えなこと。最初の逮捕が真犯人への陽動作戦となり、しっかりとホームズとは別の角度から真相に近づいている。ドイルは今まで、警察をホームズの引き立て役にしか扱っていなかったが、今回はホームズに負けず劣らずの捜査をしている。これはいい加減、警察から抗議が来たのか(笑)、それとも作家ドイルがサリー州副知事(名誉職だが)の立場からか。

 第2は、独立国家の影を描いたこと。植民地支配が揺れてきた20世紀初頭。それは宗主国イギリスでも例外ではない。その中で、独立が全てよいことではないかのような描き方は、「政治家であり愛国者ドイル」が抱く志向の1つと思うのは考え過ぎか。

 第3は、ヴードゥー教を作品に取り入れたこと。その特殊な宗教儀式が事件を複雑化させ、また冒頭でホームズが「グロテスク」を話題にしてこととつながっている。

 第4は、二部構成にしていること。確かに第一部の「主役」であるスコット・エクルズ氏が第二部では出てこない。とは言え、短編で二部構成にする効果は、前項の第3の点と合わせてやや疑問。

 最後にひとつ。荘の主人ガルシアがスコット・エクルズ氏に仕掛けた、ちょっとした「罠」。これはJ・D・カーの有名な作品を思い出させる。

 

 (サリー州を描いた、ドイル自薦No.1の「まだらの紐」は、よろしければこちらからどうぞ)  

nmukkun.hatenablog.com

 

朝の散歩で「夜明け」を願う

 年齢が55歳を超えて、一番変わったのが睡眠時間。若い頃は完全な夜型で、0時を超えないと眠らなかった。また不眠症気味の時もあり、明け方まで眠れない日もしばしば。

 その代わり、眠る時は10時間以上ひたすら眠ったもの。特に土日は「寝だめ」の日で、明るくなって朝が明けたと思ったら、実は夕焼けの風景で時間が午後4時! という日も独身時代はしばしば。せっかくの休日なのに、損をした気分になった日が何回あったことか(週末の休みはホントに短かった・・・・)。

 ところが55歳を超えると、1日の疲れが溜まってなかなか抜けないせいか、早く布団に入りたくなる。その代わり、せいぜい5時間位で目が覚めてしまう。配偶者は「寝るのにも体力がいるからね~」と言うが全くその通り。長時間の睡眠ができなくなり、おかげで完全な朝型人間になってしまった。

 そこで始めたのが朝の散歩。昨年秋から朝の通勤も歩くようになり、土日は広瀬川周辺を中心に散歩する。

 歩いているときは頭をカラッポにしているが、次第に脳内に溜まっていた情報が湧き上がってくる。そして情報が思いもかけずに繋がって、時に突然アイディアが閃くことも。

 そんな中、散歩を始めてしばらくすると、ちょうど散歩の時間と夜明けの時間がカブるようになった。漆黒の闇だった空が、少しずつ群青に変わり、そして赤紫色にと徐々に明るくなっていく。そんな光景を見ていると、昔の記憶が甦る。

 まだ20代の頃に伊豆の達磨山から見た、徐々に朝日を浴びる富士山の光景。足下から雲海が湧き出ている様子も相まって、強烈な記憶として残っている。その風景も、今では伊豆市が設置したライブカメラのHPから自由に見ることができる。

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 (上の画像は、伊豆市のHPから引用しています)


  んな景色を見たくて、散歩の時間もだんだんと夜明けに合わせるようになり、時には4時前に家を出ることも。今年の冬は寒い日が続いたが、次第に空気が緩み、日の出が早くなるのを実感する。 

 こうして季節が移り変わるのを繰り返し、この年齢になってしまいました。 

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 時間と天気に恵まれると、このような景色が見られます。

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  そうすると、この言葉が思い浮かびます。

   朝陽が水平線から 光の矢を放ち (「瑠璃色の地球」作詞 松本隆

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 広瀬川越しに見る「朝日三景」でした。

 

 連休中にも関わらず、コロナ禍でステイホームの皆様、病院やホテルに居て外に出られない皆様、そして医療従事者を初めとする、連休中も働いている皆様に・・・・  「夜明けの来ない夜はない」と信じて。

 

16 アベ農園 (帰還)

【あらすじ】

 「アベ農園」の屋敷でユースタス・ブラックンストール卿が殺害された。ホームズとワトスンはホプキンズ警部からの依頼を受けるが、現場で出迎えた警部はブラックンストール卿夫人が意識を回復し、解決は時間の問題だと語る。

 夫人の証言によると、押し入ってきた3人組の男と鉢合わせした。彼女は殴り倒され、失神している間に男たちは呼び鈴の紐をちぎって彼女を椅子にしばりつけた。その時、騒ぎを聞きつけたブラックンストール卿が現れたが、返り討ちにあったのだという。警部は最近他の場所で目撃された3人組による連続強盗殺人の一つだと推測する。

 ホームズは夫人の証言に一旦は納得しベイカー街へと帰ろうとするが、ロンドンへ向かう汽車の中で、現場で抱いたかすかな違和感を無視できなくなり、途中下車して事件現場へ舞い戻る。 

 

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【感想】

 そろそろ「帰還」から次に移りたいが、ここまで来たら「ホプキンズ警部三部作」を網羅したい(笑)。とは言え本作品は、警部からの依頼にかかわらずホームズは真相を彼に伝えなかったため、警部の捜査は全く違う方向に行って戻れなくなる(本作を最後に、警部が登場しなくなるのもそのためか?)。

 目撃者であるブラックンストール卿夫人の証言で事件は解決と思いきや、一つの事象から疑問を抱き、その背後に潜む「真相」を見つけるホームズの慧眼は見事。特に違和感をワイングラスに集中させ、帰りの汽車を飛び降りてまで再捜査することで、視覚的なイメージと劇的な展開が相乗効果となり、強い印象を与えている。

 呼び鈴を巡る再捜査により一つの仮説を抱いたホームズは、推理の飛躍で犯人像を絞り込む。この手法と犯人像は、「ブラック・ピーター」を思い出す。そして真犯人が語られる真相。被害者の性格はまさに「ブラック・ピーター」そのもの。そして実際の事件の状況は、「曲がった男」や「踊る人形」のバリエーション、になっている。 

 

nmukkun.hatenablog.com

 

 そのためか、ドイルは本作品の最後を「大岡裁き」としてまとめた。ホームズがワトスンに言う「君ほど陪審に打ってつけの人物はいないよ」との言葉は激しく同意。そしてホームズも犯人の気持ちを確かめながらも、最後は1年の猶予で幸福をつかむチャンスをしっかり与え、ほっとした読後感を醸(かも)し出している。

 エラリー・クイーンならば、この作品を広げて「オーストラリアワインの謎」を創作・・・・・・と思ったら、こんな手がかりを使った作品が既にありましたね(笑)。