小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

殿堂2 まだらの紐 (冒険)

 前作「赤毛組合」を読んで、興奮して完全に目が覚めた。夜10時で当時の小学生はもう寝る時間(私だけ?)。でもとても眠れそうにない。ためらいなく、次の作品のページを開いた。 

【あらすじ】

 ある朝、ヘレンがホームズを訪ねてくる。2年前に双子の姉は結婚前に「まだらの紐」と謎の言葉を残して亡くなった。そして最近ヘレンも結婚が決まり、屋敷の改装を理由に姉が亡くなった部屋に移される。そうすると亡くなる前に姉から聞かされた、夜中に口笛を吹く声が聞こえてくるようになり、悪い予感につつまれる。そして結婚したら財産を相続する条件で、それまで義理の父であるロイロット医師が相続財産を管理しているが、粗暴な性格の義父への恐怖も感じている。そしてヘレンがホームズの部屋から立ち去った後、そのロイロット医師がホームズの前に現れる。

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【感想】

 赤毛組合ほどではないが、謎めいた依頼人ヘレンの話から物語は始まる。これだけでは何のことかわからないが、義父のロイロット医師が嵐のように現れて、物語は加速する。火かき棒を力ずくで曲げるロイロット医師とそれを元に戻すホームズ。2人の立ち位置と今後の展開を象徴する、印象的な場面になっている。なおホームズ物語では「義父」の存在が時折出て来るが、その場合、概して義父の印象は良くない。

 事件の舞台に行く情景も見事。美しいサリー州の景色とよく晴れたのどかな風景は、このあと起こる不気味な事件を際立たせる。そしてロイロット医師の屋敷を調査して、不審な事実が浮かび上がる。引いても鳴らない呼び鈴、固定されたベッドと通気孔の存在。子供心にも「嫌な」予感が掻き立てられていく。

 物語は丁度私がこの作品を読んでいる時間帯にさしかかる。昼間ののどかな情景とは打って変わり、庭を徘徊する不気味な動物たちが雰囲気を盛り上げる。「眠っちゃいけないよ、君の命にかかわるのだ」と言いながら、暗闇のヘレンの寝室の中で何事かが起こるのを待つホームズとワトスン。布団をくるまって、何が起こるか固唾を呑む私。そして聞こえてくる口笛。

 そこから起きた「事件」は、子供の私には余りにも恐ろしかった。「その」シーンが脳裏に鮮明に映し出され、そして断末魔の悲鳴が本の行間から聞こえてきそうな雰囲気。すべてが終わった後、ホームズが推理を披露する場面は、恐ろしさから逃れるためにも夢中になって読んだ。

 その頃は漫画「ブラックジャック」を読んでいたためか、文中で語られた「医者が悪事を働くと、第一級の犯罪者になるね。度胸はあるし、知識もある」との言葉に深く同意した。

 やはりミステリーは怖いものと思い、この夜中に読んだことをその時は後悔する。

 この作品がドイル自選のベスト1。私は子供心に負った「トラウマ」から、ベスト1にはとても推せないが、医者の視点から作られたミステリーということもあってのベスト1だろう。話を盛り上げる見事な展開、ダイイングメッセージの設定、そして事件の幕引きの仕方。改めて読むと、物語としての完成度はあまりに高い。