小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

5-2 虹の刺客 小説・伊達騒動 ② 森村 誠一(1993)

【あらすじ】

  「下馬将軍酒井忠清は、跡取りのない4代将軍家綱亡きあとに将軍を朝廷から招き、鎌倉幕府の北条氏のように権力を牛耳ろうとしていた。その野望を見抜いた原田甲斐は、次期将軍を狙う紀伊藩主の徳川頼宣を巻き込む。忠清も甲斐の打つ手に恐れを抱くが、頼宣の野望は病死と言う形で頓挫してしまう。

 

 伊達一門として藩主亀千代(元服して伊達綱村)に取って代わる野望を持っていた伊達兵部宗勝だが、綱村が成長して大器の片りんを見せると、将軍家綱もその資質を認めることとなり、兵部の立場は追い込まれていく。酒井忠清も伊達兵部に距離を置き始めたため、兵部は酒井忠清から拝領した伊達家分割の密書を公にして、自らの身を守ろうとする。但しその密書は自分が出すわけにはいかない。

 

 密書は伊達兵部の思惑を隠した形で原田甲斐の手に渡り、甲斐は慎重に検討した上で老中に提出する。老中も驚樗し酒井忠清は立場を失うが、幕府の権威を落とす密書を認めるわけにはいかない。領内の境界争いから始まった伊達家への詮議が、密書の内容へとすり替わる。窮した酒井忠清は詮議の場を自邸に移し、集まった4人の家老を悉く抹殺した後、原田甲斐が乱心して狼藉に及んだとして、騒動に幕を下ろす。

 

 この幕引きで、伊達家は幕府を巻き込んだ騒動にも関わらず、62万石を欠けることなく、綱村に相続されることになった。その影で原田甲斐は乱心者の悪名を一身に背負い伊達兵部は土佐に流されてその地で生涯を終え、伊達家の騒動の火種は消えた。

 

 

 *1970年に放映された大河ドラマ「樅ノ木は残った」で原田甲斐を演じた平幹二朗。その後も仲代達矢里見浩太朗田村正和と大物俳優が原田甲斐を演じました(NHK)

 

 福王子八弥は伊達家家老たちが酒井忠清邸に招かれたことに異変を感じ、強引に邸宅に侵入し、瀕死の状態の原田甲斐から密書を受け取る。内容を見て驚愕した八弥は、密書を死の床にある保科正之に渡した。酒井忠清の真の企みを悟った正之は八弥に「幕府に害を成す酒井忠清を討て」と命じる。

 

 伊達綱村のお国入りが、騒動の決着により幕府から認められた。そこに久しぶりに仙台に戻る、畑虎之助と妻となった元吉原の大夫の旅路も重なる。虎之助は伊達藩から離れたあと絵師になり、妻の薫を描いて人気を得ていた。しかしお国入りの行列には、酒井忠清の命を受けた、綱村を暗殺する集団が狙っていた。命と引き換えに綱村を守る形となった虎之助。残された薫は因果な運命に天を恨む。

 

 酒井忠清は将軍家網の死後、皇族将軍を招聘して傀儡を目論む。しかし老中堀田正俊の活躍により5代将軍に綱吉が就任し、酒井忠清は失脚した。福王子八弥保科正之から命じられた役割を終えたとして、たよを連れて高野山に戻る。将軍綱吉の世で権勢を振るった堀田正俊も、酒井忠清が準備していた稲葉正休によって殿中で刺殺され、忠清が蒔いた権力を巡る争いは、ようやく終止符を打った。

 

 虎之助の死で残された薫は50年振りに、自らのために藩主の座を追われた伊達綱宗に目通りする。

 

  

*失意の内に土佐に流されて、その地で亡くなった伊達兵部宗勝の墓(サライ

 

【感想】 

 伊達騒動を巡る物語だが、話は酒井忠清に留まらず上杉家、保科正之、そして時代を下って5代将軍綱吉や堀田正、そして正俊を刺殺した稲葉正休などに及び、森村誠一は50年に亘るドラマに仕立てた。山本周五郎が描いた伊達藩取り潰しの陰謀を、海音寺潮五郎は既に武断政治から文治政治へ転換済みとして否定しているが、本作品では伊達藩を分断させて、外様大名の雄・伊達藩の重みを軽減させる目的に差し替えることで、酒井忠清の役割を生かした。

 対して原田甲斐は野望溢れる家老としながらも、最後は山本周五郎描く人間像と同じ軌跡を描くことになる。伊達騒動を、原田甲斐が悪名を一身に受け入れることで、伊達家の存続は認められる決着とした。但し保科正之は、伊達藩を徳川幕府の北の重要な藩塀と位置付け、崩れたら幕府に致命的な影響を及ぼすと述べているが、そこまでの役割を伊達藩が担ったとは思えない。

 これらの歴史上の人物に絡む「刺客たち」が、この50年に亘るドラマを複層的に作り上げる重要なファクターとなった。1手先しか見えない者、2~3手先まで見えるもの、そして洞察力を持つ者たちが巻き起こした「伊達騒動」。策士策に溺れる姿や因果応報に陥る策略家たちに対して、森村誠一は目の前の出来事に対して真摯に生きた「刺客」たちを、物語の軸として描いている。

 

 

 *高尾大夫(二代目仙台:ウィキペディア

 物語に彩りを加えた元吉原の大夫、と夫の畑虎之助。史実で「高尾大夫」と呼ばれた吉原一の花魁は、想い人がいたため自害を図り、それに怒って綱宗に殺害されたとされているが、定かではない。本作品は、薫を一介の浪人と駆け落ちし、その後長屋で夫に尽くす「糟糠の妻」としたが、その名が中国まで渡った吉原一の太夫としては違和感が残る。そして夫が絵師として人気者になるのも、特異な才能を必要とする職業を思うと、ちょっと安易か…

 しかしそれも、そして50年に亘る物語にしたのも、伊達綱宗と薫が50年振りに再会するシーンを取り入れるためと思わせる。綱宗は21歳で隠居してから50年に及ぶ「余生」を江戸屋敷に終生暮らし、伊達騒動を尻目に絵画や和歌などの文芸にいそしみ、玄人はだしと評判を受ける程、技量を上げた。

 

 加賀前田、筑前黒田、仙台伊達。既に取り上げた上杉家、毛利家、島津家、鍋島家、山内家なども含めて、外様雄藩の江戸幕府初期の藩運営を取り上げました。これからは幕閣政治を中心に取り上げていきます。

 

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