小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

9 秘太刀 馬の骨【士道物】(1992)

【あらすじ】

 東北の小藩。近習頭取に出世した浅沼半十郎は、家老で派閥の領袖小出帯刀に呼び出される。その内容は、帯刀の甥石橋銀次郎と共に、6年前の望月家老暗殺に関わったと思われる秘太刀「馬の骨」の伝承者を探し出すこと。

 

「馬の骨」は、不伝流矢野道場の先々代が編み出したものであったが、秘伝で矢野道場は他流試合を禁じており、聞き取りでは情報を得られない。そのため銀次郎は試合から見つけようとする。現道場主矢野藤蔵とその高弟5人たち、時に大怪我を負いながらも、銀次郎は偏執的に高弟たちと試合を重ねる。そんな姿を見て半十郎は帯刀の「馬の骨」探索の意図に疑念を抱くようになる。

 

 結局、現道場主と5人の高弟の誰も「馬の骨」を伝授されていない、と銀治郎は判断する。ところが銀次郎は、帯刀が放った討手に斬られて重傷を負うと半十郎に伝承者を捜す真の目的は告げる。曰く、帯刀が先代藩主をだまして望月家老を暗殺させ、現藩主がそのことを気付くと、今度は藩主を亡き者にしようと画策して失敗した。そこで自分が暗殺されるのを恐れて、暗殺剣「馬の骨」を探し出そうとしたのだろう、と。

 

 藩主の命を受けた帯刀の甥の側用人石渡新三郎は、着々と帯刀の陰謀の証拠を集めていく。帯刀は刺客を送り込み、矢野道場高弟の2人を死傷させるが、石渡の殺害には失敗する。そして半十郎は、黒衣の男が赤松を「馬の骨」を使って倒すのを目撃する。半十郎はその男の正体に気付く。

 

【感想】

 「隠し剣」シリーズのようなタイトルと物語の展開だが、まず「秘太刀 馬の骨」を伝承した者は誰か、という謎が本作品の最後まで明かされない。そして家老小出帯刀の甥・石橋銀次郎の、偏執的とも言える追求のやり方。これが後半の主題となる藩内の政争に活かされて、最後に登場する場面では劇的な、そして皮肉な結末に収斂されていく。

 

  

 *NHKのドラマでは、主人公を内野聖陽が演じました。

 

 道場主から始まって、5人の高弟たちと試合を交わす「段取り」が面白い。事前に道場主は高弟5人に対して、箸にも棒にもかからないような「柳に風と受け流す」対応を依頼する。高弟5人もそのように対応するが、銀次郎があの手この手を使って剣術士たちに試合を挑んでいく。

 また本当に「馬の骨」が存在するのか、という疑問を読み進んで感じるころに、暴れ馬が藩主を襲う中で、「馬の骨」を両断させて押さえ込む挿話を入れている。これが秘太刀とは言えないと判断するも、このタイミングでこの話を挿入した作者の趣向には、ため息が出る

 後半では藤沢周平が「得意」とする藩内の政争が表に出る。小さな藩でこれだけ権力闘争が頻発すれば、藩の運営もままならなくなり、流石に幕府も取り潰しにすると思うが(笑)、物語の「横軸」として効果的な役割を果たしている。今回政争の首魁は、主人公半十郎の直接の上司となる小出帯刀。これにより「馬の骨」を見つける目的が明らかになり、また話が単なる「伝承者捜し」に終らない展開になって、盛り上げていく。

 「馬の骨」の伝承者捜しが縦軸、権力闘争が横軸とすれば、本作品は「背景」として、主人公半十郎と妻杉江の関係を描いている。長男を病気で亡くしてから鬱が発症して、心の均衡を保つためには長男の死を夫の手落ちのせいにして、夫婦仲が疎遠になる。実家で悪口を言ったかと思うと、家に引きこもりがちになる。そんな妻の様子を、半十郎は夫として、責めずに耐えている。

 そんな妻杉江の挿話をこの物語の最後に記している。誰もが手に負えない狼藉者が子供を楯に騒ぎ立てる中、杉江は見事な太刀さばきで子供を救出する。子供を救ったことで杉江は晴れ晴れとした表情に替わり、病気は回復したと、下僕の「伝聞」で締めくくっている。

 

 私が本作品を読んだのは全集版だが、当初の連載と発刊された本では、馬の骨の伝承者が違っていたとされ、文庫本の解説では「読んだ人のほとんどが誤解するだろう」と書いている。本作品を、伝承者は誰か、と推理小説的に読むこともできるが、ミステリーほど明快な回答はない。そして藤沢周平作品にしては珍しく、読み手によって様々な思いを感じさせる作りとなっている。

 

 

 *「秘太刀 馬の骨」がふるわれた大泉橋(荘内日報社)

 

 本作品のエピグラフ(巻頭)に「白炭や あさ霜きえて 馬のほね」という新井白石の句が置かれている。ググってみると「朝の霜が消えた後に、今までは見えなかった馬の骨が現れた。白い炭がさもその馬の骨に似ている」との解説を見つけた。本作品に合わせて言葉を足すと「夜の暖を取るために熱を持っていた炭が、あさ霜が消えるころには冷めて白くなり、まるで馬の骨のように見える。技量を長年隠すと見かけではわからず、まるで「馬の骨」の様に役に立たないが、元々は炭のように役割を果たしていた」と読めた。

 「馬の骨」の伝承者、そして妻杉江のように。

 

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