小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

11 ミッキーマウスの憂鬱 松岡 圭祐 (2005)

【あらすじ】

 東京ディズニーランドでアルバイトをすることになった21歳の後藤大輔。「夢の国」で働けることになったと喜んだが、いざ働いてみると裏方に「夢」はなかった。正社員と準社員との明らかな格差。そして与えられた仕事が、ミッキーやドナルドなどの有名キャラではなく、名も無いキャラのしかも着付け係と知り、心が折れる。期待していた仕事と現実に大きなギャップに悩む後藤は、やる気はあるが周囲の空気が読めない性格が表に出てきて勝手な振る舞いをし始めて周囲との軋轢を生じてしまう。

 そんな時、ミッキーマウスの着ぐるみが消えてしまう事件が起きる。著作権に守られたミッキーマウスの着ぐるみはアメリカ本社が全てを管理している。1体でもなくなると、キャラクターの管理不行き届きとして、仮に外部に流出したら、日本の会社の存続そのものを揺るがすほどの莫大な損害をもたらす大事件に発展する。そしてある準社員がミッキーの消失事件について疑われることになる。

 

【感想】

 東日本大震災の時、ディズニーランドの従業員は来園者に対して「すべからく」神対応をしたとして、世間から注目された。「夢の国」として、決して来園者には見せないバックヤードを使って誘導する。売り物のぬいぐるみなどを使って来園者の身体を保護して、食べ物も与える。そして若者が、身動きの取れない幼い子供連れの家族のために物資を調達する。混乱の中で、マニュアルを活かしつつも、関係者がその場で一番すべきことを自ら考えてそして行動した。大震災という悲惨な出来事の中で、感動を呼んだことを覚えている。

 

*こちらは「さえない」テーマパークを舞台とした「行こう」シリーズの名作です。

 

 本作品はその前に書かれた話。ディズニーランドを舞台としているが、正社員と準社員など、ヒエラルヒーを露骨に描いた「企業小説」である。会社名は「オリエンタルワールド」として実名を避けているが、ディズニー、ミッキーなど実名を「惜しげもなく」出して、ディズニーランドでは決して許さないバックヤードを露骨に描いている。「ディズニーランド」では生きていることになっているはずのキャラクター達が、ぬいぐるみとしてずらりと並んだ姿。そしてパレード用とショー用で、中の人間も違えば、その人間に合わせるため着ぐるみもまるで異なることなど、よくぞここまで描けたと感心することしきりである。

 高校卒業して「夢のない仕事の」フリーターを続けてきた後藤大輔が、ディズニーランドのアルバイト募集に飛びつくも、実際に中に入ると自分の思いとは大違い。正社員と准社員のヒエラルヒーは、その権限がマニュアルに明確に定められていて、越権は決して許されない。そのためベテランと言えども準社員は自分のテリトリーを越えての判断は決してしないようになる。そして準社員の役割は余りに小さく、「魔法の国」での現実に後藤は押しつぶされそうになる。

 そして事件が起きる。ミッキーの着ぐるみが紛失し、その犯人として一人の准社員が疑われる。疑われた女性はショックもあり、ビックサンダーマウンテンの線路内に入り、アトラクションを妨害してしまう。助けに行こうとする後藤に「線路に出られるのは正社員とエンジニアだけだ」と告げられるが、人の命を顧みない態度に後藤はついに切れる。

 「魔法の国」が舞台なだけに、企業の論理を押し出した対応は他の企業よりも際立つ。正社員達の上昇志向やライバル心、そして準社員たちへの「さげすみの目」も非常に後味が悪く露骨に描かれている。そんな中、元気だけが取り柄で周囲の空気を読めない後藤が、たった3日間で社会人として、そして人間として成長していく姿は救いになる。

千里眼」の松岡圭祐が描いた企業小説。かなり踏み込んだ、(作者にとって)冒険的な小説だが、やはりミッキーマウスは「憂鬱」な姿を見せてはならないね(笑)。

 

*続編(姉妹編?)も上梓されました。