小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

12 再生巨流 楡 周平 (2005)

【あらすじ】

 吉野公啓(まさひろ)は一流の総合商社に就職、憧れの営業ではなく物流部門に配属となり意気消沈したが、そこでロジスティクスの重要性と可能性を見出し、ついには自分のアイディアを活かすためにスバル運輸に転職する。新規事業をいくつも立ち上げ抜群の成績を収めるが、いつも強引な仕事の進め方で失敗した事業の尻拭いは他人まかせ。上層部から管理職としては失格と見なされ、新規事業開発部の部長と肩書き上では出世するも、部下は万年ノルマ未達で最低評価の社員と事務職のベテラン女性という2名。そこでゼロから4億のノルマを課せられる部署に体よく棚上げ、事実上の左遷となる。

 一方、蓬莱秀樹は高校時代から甲子園で活躍したスター選手で、社会人野球としてスバル運輸に入社、ドラフト1位指名が確実視されていたが、怪我に見舞われてしまう。すでに結婚しており、妻はまだ学生という身分。家族を養うために現実と向き合い、スバル運輸のセールスドライバーになる。高給が約束される反面、過酷な職場環境の中で自分なりの工夫を積み重ねて、成功を収めていく。

 

【感想】

「異端の大義」で家電メーカーの虚と実を濃密に描いた楡周平だが、今度は宅配便業界を単なる取材だけでなく、自分の想像力を膨らませて新たな視点も加えて、これまた濃密に描いた。

 

nmukkun.hatenablog.com

 

 新規事業に頭を悩ませる吉野は、自動販売機の在庫管理をしている現状を見て、PPC(コピー用紙)の在庫管理と物流を組み合わせることを思いつく。

 事務用品補充の物流は「当日配送」をうたい文句として、歩合的な発想はなく、スバル運輸の会社姿勢とは相いれない。セールスドライバーへのヒアリングを行う立川に、蓬莱は家業である町の電気屋さんの現状も踏まえて、自身の考えを告げる。そこから吉野はまたアイディアがわき、そして蓬莱の名が脳裏に刻まれる。

 吉野は秘かに通信機能を持たせたコピーカウンターをフロンティア電器に試作させる。そして事務用品通販最大手のプロンプトのビジネススキームを研究し、スバル運輸と協調体制が結べると睨んだ業界第4位の弱小、バディにビジネスパートナーとして売り込んでいく。

 小説でありフィクションであるが、経済小説である以上、リアリティが求められる。吉野が思いついたアイディアが絵空事では、そこで読者は本を閉じてしまうだろう。そこを(私は専門家ではないが)専門家も納得させる発想と現実の裏付けが必要になる。まさしく本の中で新規事業立ち上げをする位の熱量が必要になる(しかも本ではそれ1回きりで終ってしまう)。

 しかも「現実にはそんなうまくいかないよ」という、読者(私?)の「スレた目」にも応えなくてはならない。相手方メーカーの逡巡、試作機のために莫大な開発費用、そして「社内政治」における抵抗勢力。そこを本作品では、「社主」に直談判して形勢を転換させ、そして吉野のプランで「夢を与えてもらった」部下たち、万年ノルマ未達の立川、セールスドライバーから引っ張られた蓬莱、そしてその妻で現役大学生の藍子らがアイディアを出し合って解決していく。当初は吉野が叫ぶ「アサップ(as soon as possible)」がうっとおしく感じたが、窮地に追い込まれる姿や、家族との触れ合いも描かれていくうちに、だんだんと部下の能力を引き出していく「魔法の呪文」のように感じてきたのが不思議。

 最後は明るい未来を感じさせて終了する。残った1つの疑問は、野球一筋で高校卒業から社会人に就職した蓬莱が、どのようにして名門K大学の現役で、マーケティングやコンピューターに精通した「真面目な大学生」藍子と結ばれたかということ(笑)

 

*wowowでドラマ化もされました(主演は渡部篤郎