小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

14 復讐の女神(ネメシス)(マープル:1971)

【あらすじ】

 「カリブ海の秘密」でマープルと不思議な縁を結んだ富豪、ラフィール氏の死亡記事を見るマープル。

 間もなくラフィール氏の弁護士から、マープルにも財産の一部が遺贈されることを知る。但し、そのためには捜査を行い、真実を解明すること。しかもその捜査の内容は一切語られていない。

 それでもマープルはラフィール氏の依頼を引き受ける。「カリブ海の秘密」でマープルがラフィール氏に語った「私は復讐の女神(ネメシス)」の言葉を実行するために。

 依頼を引き受けると、「庭園巡り旅行」のバスツアーのチケットが送られる。このツアーに参加すると、行く先々で「ラフィールさんから話は伺っています」という人間が次々と現れる。

 

 【感想】

 あらすじに書かれている通り、本作品は「カリブ海の秘密」の続編となっている。本作品だけでも十分楽しめるが、できれば「カリブ海の秘密」を先に読んでから取り掛かってほしい。なお今回取り上げなかったが「カリブ海の秘密」も十分名作で本作品と甲乙つけがたい。但し「カリブ~」は以前取り上げた「ある」作品と読後感が同じだったため、ネタバレを回避しながらコメントすることができないと判断して、今回スルーさせていただきました。

 本作品に話を戻すがまず題名。「ネメシス」とはウィキペディアによると、ギリシア神話に出て来る女神で、人間が神に働く無礼に対する神の憤りと罰の擬人化を、主に有翼の女性として表したもの。そのため人間の感情に起因する「復讐」とはニュアンスが異なるようである。本来の意味でとらえた方がマープルの「正義の鉄槌」にふさわしい気がするし、一方で邦訳では、これ以上適切な日本語はないような気がする(本編は全く見ていないが、最近放送された同名の連ドラとは「全く」違う! と断言できる)。 

 作品そのものは、スタートは地雷がどこに埋まっているのか探しながら、慎重に歩くような印象を受ける。事件の内容がわからず、何より事件が発生するのかしないのすら見えない状況。バスツアーの途中でぽつりぽつりと情報が出てくる情景は、まるで能の導入部を見るかのような静寂感が漂う、ミステリーらしくない展開。ようやく話が動き出すのは、ラフィール氏の息子が殺人事件と関わりがある情報を得た時から。ここからマープルは「回想の殺人」に向き合う。

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 事件のテーマは「愛」と早くから提示される。ではどのような「愛」か。「愛」が純化して鋭い刃となって周囲を傷つけるケース、自己への異常な「愛」のため相手の憎悪に変異するケース、「愛」が自分自身を襲うケース。クリスティーは様々な「愛」を動機とした殺人事件を描いてきた。そして本作品の「愛」は救いがない。それだけにラフィール氏も前作「カリブ海の秘密」で、自らを「ネメシス」と称したマープルに解決をゆだねたのだろう。そしてこの不思議な雰囲気に覆われた物語にふさわしい犯人が現れた時には、正直背筋が凍る思いがした。今までのクリスティーの作品の中でも、強烈な印象を与える犯人のひとり。

 犯人に立ち向かい、真実を暴きだす「ネメシス」マープル。結果的にはマープル物最後の作品となってしまったが、最後にふさわしい物語に仕上がっている(最終作「スリーピングマーダー」は、1940年代に書かれた作品)。本作品は、数々のミステリーを作り上げたクリスティーが辿り着いた、1つの境地とも感じる

 真相を暴いたあとの感想会。周りの男たちは、マープルが巻き付けていた「ピンクのふわふわしたショール」を軸に、ラフィール氏の思い出を語る。「カリブ海の秘密」で、マープルがラフィール氏に向かって「わたしはネメシス」と宣言した時に首に巻き付けていたものを、今回マープルは真相を暴く際に巻いていた。それはラフィール氏の思いを受け、有翼の神「ネメシス」を演じるためにどうしても必要だった「翼」の役割を果たした。

 

ja.wikipedia.org

 

 

13 鏡は横にひび割れて(マープル:1962)

【あらすじ】

 セント・メアリ・ミード村も第二次大戦後変化の波が押し寄せて、「新住宅地」と呼ばれる新興住宅地が形成され、新たな生活様式で暮らす人々が入って来る。そんな折、「書斎の死体」で舞台になったゴシントン・ホールに大女優マリーナ・グレッグ夫妻が引っ越してきた。

 ところが、そのゴシントン・ホールで行われた慈善パーティーで、新住宅地に暮らす女性ヘザー・バドコックが毒殺される事件が起こる。彼女は数日前に、転んでけがをしたミス・マープルを介抱してくれた、とても親切な女性だった。しかもそのカクテルは本来女優マリーナが飲むはずだったもの。

 その現場に居合わせたゴシントン・ホールの元の持ち主だったバントリー夫人は、女優マリーナが瞬間、凍り付いた「鏡は横にひび割れて」の詩のような表情をしたとマープルに説明する。

  

【感想】

 1980年に「クリスタル殺人事件」の題名で映画化された作品。そしてタイトルはアーサー王の伝説に基づいて書かれた叙事詩から取られたもので、「ポケットにライ麦を」と同じように、イギリスの読者から見ると馴染みのある文なのだろう。事件の舞台はマープルが住むセント・メアリ・ミード村。屋敷はかつて「書斎の死体」(こちらも取り上げたかったけど・・・・)の舞台となったゴシントン・ホールと、これまた馴染みのある場所が舞台となっている。

 昔ながらの面影を残しつつも、新興住宅地も併設され、村も人も変わりつつある。これは戦後の日本の郊外地も同じ経路をたどっている。昔からの人から見ると複雑な気持ちなのだろうが、これはいつの世にも繰り返される思い。

 死亡した女性ヘザーには、殺されるほどの恨みを受けたとは思えない。そのため捜査は本来毒の入ったカクテルを飲むはずだった、女優マリーナの周辺を中心に行われる。その中で彼女が見せた「凍り付いた表情」にマープルはこだわる。誰を見たのか、何を見たのか。

 ちょっとお年をめされて(?)、編み物ではミスをして、行動も周りから制限され、少し落ち込み気味にもなる人間らしい様子も見せるマープル。そのためいつも以上に周囲から情報を得て、また美容院で映画雑誌を借りて女優マリーナを知ろうとする姿(昭和だねww)は微笑ましい。

 そしてマープルは全ての謎を解き明かす。「殺されるほどの恨みを受けたとは思えない」ヘザー・バドコックがなぜ殺されたのか。「元々狙われた人物」と思われたマリーナ・グレッグが表した「凍り付いた表情」の意味は何だったのか。そして犯人は何を思っていたのか。深く考えさせられる作品になっている。

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 「葬儀を終えて」では、クリスティーはトリックでなく「錯覚」を使ったと書いた。本作品もある種の「錯覚」を利用したものだが、それが日常の生活を描くマープルの世界ではしっくりと「映える」。そのため「錯覚」を軸にした事件の真相は真実味を帯び、説得力が増されて登場人物の「悲劇」が描かれる。「凍り付いた表情」はその象徴。

 「探偵」マープル、「女優」マリーナ・グレッグ、「被害者」ヘザー・バドコック、そして「目撃者」バントリー夫人も加えて、女性4人。4者それぞれの生き方と考え方がある。女優で華やかなスターのマリーナ・グレッグが持っていないものを、目撃者バントリー夫人は持っている。被害者ヘザー・バドコックが全く気にとめないことを探偵マープルは問題視する。自分は何も意識しないことを相手はとても気にする。

 犯罪の「動機」はどこにでもころがっている。人は生きていく中で、知らず知らずのうちに隣人を押し退けたり、他人を傷つける時がある。そんな世の中をもう1人の女性、「作家」クリスティーが紡ぎあげる。この女性たちが絡み合う中で発生する「悲劇」。そしてマープルが暴いた真相は余りにも悲しく、かつ現代の社会でも身近に潜んでいる問題だろう。結論を言えば、ミステリーの枠と時代の枠をともに超えた傑作

 蛇足。コロナ禍の現代にこそ、読むべき物語かもしれない。

 

12 パディントン発4時50分(マープル:1957)

【あらすじ】

 マープルに会いに行くためにパディントン駅発4時50分の列車に乗ったマギリカディ夫人は、隣の線路を並走する列車の車窓に男が女の首を絞めて殺している瞬間を目撃した。マープルは2人で警察に事件の経緯を話したが、警察の捜査では列車内はおろか線路周辺でも死体は発見されなかった。

 ミス・マープルは、殺人犯は列車内で絞殺した死体を列車から投げ落としたと考え、線路が大きくカーブする地点にあるクラッケンソープ家がその場所であると推理し、旧知の家政婦のルーシー・アイルズバロウに死体を捜すためにクラッケンソープ家の家政婦になってもらう。家政婦としてもぐり込んだルーシーは、数日後、納屋の中の石棺に死体を発見した。

 死体が隠された状況から、犯人はラザフォード・ホールの敷地や状況に詳しい人間であることは間違いなかったが、被害者について誰も見覚えはなく、動機が不明のため捜査は一向にはかどらない。

 

 

【感想】

 家政婦のルーシー・アイルズバロウが非常に魅力的に描かれている。元々優秀(オクスフォード大学数学科主席卒業!)だが、当時の問題を「家事労働力の不足」ととらえ(現代のシルバー産業の人手不足にも通じている)、完璧な家事請負人になったという非常に凝った設定。家事は万能でビジネストーク(?)にも秀でて、上はおじさまから下は子供まで、男女を問わず愛されつつも、様々な誘惑はサラリと受け流し、「潜入捜査」で探偵まがいのことも行う。これは是非シリーズ化して欲しかったが、登場が本作品のみのようなので残念(主役が食われてしまうからか?)。

 冒頭はキャッチーな場面から入る。並走する列車の車窓越しに見た殺人現場、と、J・D・カーの有名作をトリビュートしたような設定(そしてヒッチコックの映画「裏窓」も自然と連想する)。友人の話を聞いたマープルは捜査と推理を開始。線路が大きくカーブする地点に目星をつける、ホームズ物の有名作をトリビュートしたような推理から、ルーシーに「潜入調査」を依頼する(念のためですが、「トリビュート」したシーンは両方ともクリスティー流にうまくアレンジしていています)。

 ルーシーの活躍で死体は発見されるも、死体の身元はなかなか判明しない。そのためクラドック警部の捜査もなかなか事件の全容がわからないもどかしさがあるが、そこはルーシーの活躍で埋めてくれる。クラッケンソープ家の「いつもの」一癖も二癖もある一族につかず離れずで情報を取っていく。ルーシーはやや小悪魔的な役割も演じて情報をいろいろと収集することに成功し、事件の背景をいろいろと考える材料になる。

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 ルーシーと並行して捜査するクラドック警部の地道な尽力もあり、被害者の身元が判明すると、ようやく事件の全容が見えて来る。材料がそろったところでマープルの出番となる。関係者一同を集めてマープルが演じる、職業意識を逆手に取った一芝居を、犯人の解明に持ってきたのは見事。これはポアロが演じるのは想像しづらい。

 「アガサ・クリスティー完全攻略」では、この一芝居を刑事コロンボのひっかけを例えていたが、私は映画「大脱走」の名場面を思い出した。フランス人に偽装した英国軍人が、得意のフランス語で尋問を見事に突破するも、最後に「Good Luck」と声をかけられ「Thank You」と思わず返事をして、正体がばれてしまう場面。仰々しく演説するわけでない肩の力を抜いて最大限の効果を発揮する、いかにもマープルらしい決着の仕方で幕を閉じている