小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

13 鏡は横にひび割れて(マープル:1962)

【あらすじ】

 セント・メアリ・ミード村も第二次大戦後変化の波が押し寄せて、「新住宅地」と呼ばれる新興住宅地が形成され、新たな生活様式で暮らす人々が入って来る。そんな折、「書斎の死体」で舞台になったゴシントン・ホールに大女優マリーナ・グレッグ夫妻が引っ越してきた。

 ところが、そのゴシントン・ホールで行われた慈善パーティーで、新住宅地に暮らす女性ヘザー・バドコックが毒殺される事件が起こる。彼女は数日前に、転んでけがをしたミス・マープルを介抱してくれた、とても親切な女性だった。しかもそのカクテルは本来女優マリーナが飲むはずだったもの。

 その現場に居合わせたゴシントン・ホールの元の持ち主だったバントリー夫人は、女優マリーナが瞬間、凍り付いた「鏡は横にひび割れて」の詩のような表情をしたとマープルに説明する。

  

【感想】

 1980年に「クリスタル殺人事件」の題名で映画化された作品。そしてタイトルはアーサー王の伝説に基づいて書かれた叙事詩から取られたもので、「ポケットにライ麦を」と同じように、イギリスの読者から見ると馴染みのある文なのだろう。事件の舞台はマープルが住むセント・メアリ・ミード村。屋敷はかつて「書斎の死体」(こちらも取り上げたかったけど・・・・)の舞台となったゴシントン・ホールと、これまた馴染みのある場所が舞台となっている。

 昔ながらの面影を残しつつも、新興住宅地も併設され、村も人も変わりつつある。これは戦後の日本の郊外地も同じ経路をたどっている。昔からの人から見ると複雑な気持ちなのだろうが、これはいつの世にも繰り返される思い。

 死亡した女性ヘザーには、殺されるほどの恨みを受けたとは思えない。そのため捜査は本来毒の入ったカクテルを飲むはずだった、女優マリーナの周辺を中心に行われる。その中で彼女が見せた「凍り付いた表情」にマープルはこだわる。誰を見たのか、何を見たのか。

 ちょっとお年をめされて(?)、編み物ではミスをして、行動も周りから制限され、少し落ち込み気味にもなる人間らしい様子も見せるマープル。そのためいつも以上に周囲から情報を得て、また美容院で映画雑誌を借りて女優マリーナを知ろうとする姿(昭和だねww)は微笑ましい。

 そしてマープルは全ての謎を解き明かす。「殺されるほどの恨みを受けたとは思えない」ヘザー・バドコックがなぜ殺されたのか。「元々狙われた人物」と思われたマリーナ・グレッグが表した「凍り付いた表情」の意味は何だったのか。そして犯人は何を思っていたのか。深く考えさせられる作品になっている。

    f:id:nmukkun:20210710113807j:plain

 

 「葬儀を終えて」では、クリスティーはトリックでなく「錯覚」を使ったと書いた。本作品もある種の「錯覚」を利用したものだが、それが日常の生活を描くマープルの世界ではしっくりと「映える」。そのため「錯覚」を軸にした事件の真相は真実味を帯び、説得力が増されて登場人物の「悲劇」が描かれる。「凍り付いた表情」はその象徴。

 「探偵」マープル、「女優」マリーナ・グレッグ、「被害者」ヘザー・バドコック、そして「目撃者」バントリー夫人も加えて、女性4人。4者それぞれの生き方と考え方がある。女優で華やかなスターのマリーナ・グレッグが持っていないものを、目撃者バントリー夫人は持っている。被害者ヘザー・バドコックが全く気にとめないことを探偵マープルは問題視する。自分は何も意識しないことを相手はとても気にする。

 犯罪の「動機」はどこにでもころがっている。人は生きていく中で、知らず知らずのうちに隣人を押し退けたり、他人を傷つける時がある。そんな世の中をもう1人の女性、「作家」クリスティーが紡ぎあげる。この女性たちが絡み合う中で発生する「悲劇」。そしてマープルが暴いた真相は余りにも悲しく、かつ現代の社会でも身近に潜んでいる問題だろう。結論を言えば、ミステリーの枠と時代の枠をともに超えた傑作

 蛇足。コロナ禍の現代にこそ、読むべき物語かもしれない。