小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

11 交渉人シリーズ 五十嵐 貴久 (2003~)

【あらすじ】

 キャリア組で事務方を務めるはずの遠野麻衣子は、男女雇用機会均等法の風潮で警備部警備課に「建前で」所属させるも、研修では最も優秀な成績を収めてしまう。その適正からネゴシエーターとして育成されていたが、研修担当で妻子のある上司、交渉のエキスパートである石田修平に次第に思いは募っていった。

 それは秘めた思いだったはずだが、周囲には感じてしまうのか、妻子ある相手に不倫との噂が流れてしまう。結果麻衣子は高輪署に出されて、計理課で精算伝票の処理に追われる毎日を過ごしているうちに、29歳となる。

 そんな折、麻衣子が配属されている所轄の近くでコンビニ強盗が現れ、追い込まれた犯人グループは近くの病院で人質をとって立て籠もった。要請を受けた特殊捜査班は、緊急措置として石田が現場に到着するまでの間、交渉の窓口として麻衣子を捜査に加える。交渉に入った麻衣子だったが、女性蔑視がはびこる現場の中で、麻衣子は苦戦を強いられる。

 

【感想】

 「経理課の」遠野麻衣子が、エキスパート石田が来るまで管轄で起きた事件で犯人に対して交渉の窓口を担当する。ネゴシエーターがまだ注目される初期の段階であり、麻衣子を通じてネゴシエーターの基本を学び、その後遅れてきたエキスパートの石田が実践面を読み手に教えてくれる。

 フレデリック・フォーサイスの名作「ネゴシエーター」が刊行されたのが1989年。その時は海外の頻発する誘拐事件などに対応するため、保険会社が雇用する民間の職業として扱われた。そのためか、民間会社が犯罪に介入しない日本を舞台としては、余りイメージが湧かなかった。しかし本作品と同じ年に上映された「踊る大走査線THE MOVIEⅡ レインボーブリッジを封鎖せよ!」で真下正義(ユーズケ・サンタマリア)がネゴシエーターの教育を受けて登場したのを機に一般的に浸透してきた記憶がある。そして2005年「交渉人・真下正義」でスピンオフ作品として上映される。

 

 本作品に戻ると、石田の交渉は流れるように流暢だが、少しずつ違和感が生じてくる。そして事件の「真の意味」が浮かび上がり、今まで当たり前のように見てきた犯罪現場の風景は一変する。対して麻衣子は「ネゴシエーター」の才能が引き出され、周囲が見落とした「違和感」を感じ取り、そこから推理して事件の裏に潜む真相を暴き出す。

 第2作「交渉人遠野麻衣子・最後の事件(改題:交渉人・爆弾魔)」は、前作でヒロイン扱いとしてセンセーショナルな報道をされた麻衣子は管轄にも居場所がなくなり、本庁の広報課に「隔離」される。そこへ大量殺人事件を起こしたカルト宗教の教祖を救うための脅迫が警察に行われ、麻衣子が交渉の窓口に指名される。やはり現場の捜査員は「広報課の」麻衣子に信を置いていないが、麻衣子は自身の能力を発揮して、周囲の疑念を「ねじ伏せて」事件の解決に迫る。

 第3作「籠城」は、少年犯罪の被害者遺族が起こした、自身の喫茶店の客を人質に取った籠城事件で、少年法の矛盾を突く前代未聞の要求と、やはり最後にどんでん返しを用意している。

 女性を主人公とした警察小説。男社会の中で活躍する「武器」として、本シリーズはキャリア組出身という肩書きと「ネゴシエーター」という専門能力を「装備」させた。女性はネゴシエーターに向いているとの文も本作品中にあるが、主人公が石田に学んだ研修期間は4カ月であとは内勤、経理、そして広報と事件現場から遠い。設定にちょっと無理も感じるが、それだけ当時、特に男社会の象徴である警察組織では「できる女性」へのやっかみが激しかったと、この場では収める。

 

10 第三の時効 横山 秀夫 (2002)

 

 短編集と警察小説の両方の先入観を打ち砕いた作品。短編なのにこれだけ厚みのある作品がまとまっているのに驚き、そして事件を追うのが主体の警察小説で、刑事たちの嫉妬や競争、焦りや苛立ちなどを生々しく、感情を隠すことなく描き出す迫力には圧倒された。

 以下、各作品を簡単に紹介します。

【沈黙のアリバイ】      捜査一係 朽木泰正班長が主役

 強盗殺人の被疑者が裁判で、自白を翻し容疑を否認する。取り調べで語らなかったアリバイを初めて主張し、担当取調官の落ち度が取り沙汰される中、朽木は被疑者の薄笑いを見て犯行を確信する。警察が不利となる緊迫した状況の中で、「笑わない男」朽木が反転攻勢に出る。最後はスカッとした解決。

 

第三の時効          捜査二係 楠見正俊班長が主役

 殺人事件の時効を目前にして、被害者家族の周辺の張り込みを続ける二班の刑事たち。被害者家族の娘は殺人犯の子供でもある。殺人犯が海外渡航を差し引いた第二の時効期間中に被害者家族と接触する可能性を信じるが、第二の時効は完成する。そして時効成立と共に鳴り響く電話。

 殺人犯の心の隙と法の盲点を突く、元公安刑事・楠見の冷徹さが際立つ。こちらもどんでん返しが用意されていて、終盤は息を飲んで読み続け、終わって大きなため息をつくような作品

 

囚人のジレンマ    捜査一課 田畑課長が主役

 3件の殺人事件に追われる捜査第一課。ライバルである朽木、楠見、村瀬の三人の班長は、課長田畑の指示を無視して事件を追いかける。班長達のライバル心むき出しな選考を苦々しく思いながらも、結果を挙げている3人に対して表立って叱りつけることができない。中間管理職の辛さを味わっている。

 ラストの救いと、犯罪者に対する題名を捜査一課長にシンクロさせたのが見事。

 

【密室の抜け穴】        捜査三係 村瀬透班長が主役

 殺人の容疑者は矢野が、張り込み中のマンションから姿を消す。三班と暴力団対策課の合同捜査中で、責任者は班長代理の東出。捜査会議には東出と同期の三班石上、そして暴対課の同期氏原もいて、嫉妬や意地も交じり、次第に責任者の東出を追及する流れに。そこへ脳梗塞で倒れていた村瀬班長が登場。村瀬はこの密室の謎を「会議室で」見事に解き明かす。

 

【ペルソナの微笑】      捜査一係の班員 矢代が主役

 ホームレスの男が青酸化合物で毒殺される。一班の矢代が朽木班長の指示で向かった先は、13年前青酸毒物で主人を殺害された遺族。当時犯人は子供を使い父親を殺害された。矢代も無意識の内に殺人の関与をさせられた過去があり、トラウマの裏返しで普段は「おちゃらけた」態度を取っていた。

 同じ経験を持つ子供と向き合う矢代は、心の奥底に閉じ込めていた封印を解く。そしてその過去を知った上で敢えて指示を出す朽木班長。最初は班長が主役でなく残念と思ったが、「強烈な」作品。

 

モノクロームの反転】 捜査一係と三係の合同捜査

 一家3人が惨殺される事件が発生。田端課長は、朽木班と村瀬班の合同捜査を指示する。相乗効果を狙ったが、ライバル心むき出しの2つの班は協力するどころか、現場への先陣争いを初め、それぞれの捜査で競争を繰り返して溝を深めるばかり。捜査一課の「先任」と言える朽木班長はある手段を取る。

 

 読んで息が詰まるほど密度が濃い短編集だが、横山作品は他の作品群も登場人物の内面に潜む感情描写が秀逸。「半落ち」も素晴らしいが、D県警シリーズの「陰の季節」、「動機」そしてちょっと毛色の変わった「顔」もそれぞれインパクトがある。また「64」はリアルすぎて途中で読むのを断念しようかと思ったほどの作品。読むと読者が「リーディング・ハイ」、無酸素運動になる作品が並んでいる

*警察小説ではありませんが、こちらも傑作です。

9 警視庁心理捜査官(警視庁心理捜査官シリーズ) 黒崎 視音 (2000~)

【あらすじ】

 台東区蔵前の路地で、深夜に若い女性の死体が見つかる。乱暴されたあとに殺された状況に見える無残な姿だが、暗い路地に連れ込んで犯行を及んだことから、顔見知りの犯行に見られた。しかし心理捜査官である吉村爽子巡査部長は、独自に学んだ日本式のプロファイリングを駆使して、顔見知りの犯行ではない犯人像を進言する。

 過去の経験から顔見知りの犯行と信じて怨恨を動機とする「鑑取り」捜査に主力を置く捜査一課の面々。対して顔見知りではない犯行を考える爽子は、殺害当夜の被害者の足取りと目撃者の確保を優先して捜査すべきと考え、捜査方針が対立する。

 容疑者が浮かぶが爽子はその容疑者が真犯人とは思えない。その中で爽子の理解者である同じ捜査一課の柳原明日香は、公安部出身の経験を活かして捜査を進めながら爽子を見守る。

 

【感想】

 主人公の吉村爽子は27歳。身長は157センチと小柄で童顔で、捜査一課の「紀州犬ドーベルマンやシェパード」の猟犬に囲まれたヨークシャーテリアと自嘲する存在。そのため男性社会で生きていくには「武器」が必要になる。爽子は幼児期に受けたトラウマから心理学を学び続け、観察力も人一倍あったために独自のプロファイリングを身につけ捜査に活用する。そして実力が認められ、警視庁でただ一人の心理応用特別捜査官に指定された。

 とは言え警察はまだまだ完全な男社会。しかも本庁捜査一課は、経験も実績もある「刑事」たちの集まりで、その中にポツンといる爽子はまさにヨークシャーテリアの存在。元々非社交的であった爽子は自分の殻に閉じこもりながらも、心理捜査官としてはプロの責任で捜査を進めている。

 プロファイリングや心理学に関する知識を初めとする警察用語や犯罪の歴史などのウンチクは見事。中にはその専門的な用語の説明が長くなかなか物語に入り込めない読者もいるだろうが、特に当時の警察小説では出色の充実振り。物語がかなり長いが勉強にもなり、警察小説の入門書としてもおすすめ。

*続篇「KEEP OUT」Ⅰ・Ⅱでは、爽子は所轄に移り様々な経験をして成長します。

 

 そしてもう一人の重要な役割である柳原明日香は、30代で美貌を持つ準キャリア組で、公安部ではできる女として「女狐」と恐れられた警部。しかし公安部の権力闘争に巻き込まれ、自らを守るために公安幹部の真実を暴いて身の潔白を証明し、警察官としての地位は守ったが、愛着のあった公安部門にはいられなくなる。かつての上司からの誘いで警視庁捜査一課に配属になっていた明日香は、自らの過ちを繰り返さないためにも、爽子は心配であり、また可愛らしくもある存在。

 爽子は藤島という若い相棒と捜査を進めるが、自分の信念は曲げないために「昭和の刑事」たちの中でだんだんと心理的に追い詰められていく。そんな中で自分の考えを通すため、だんだんと自分を出しで、そして独自の捜査に突き進んでいく様子が、物語の中で徐々に表れてくる。そして最後には「鉄の規律」警察では許されない単独行動をして犯人に迫り、逆に犯人に拉致される失態を犯す。明日香が爽子に諭した言葉「女は感情に走ったら負けよ」が、そのまま当てはまってしまう。女性を主人公とした警察小説だが、女性としての活躍とともに失敗を描いた作品になっている。

 爽子は所轄に異動となり、ちょっとずつ「したたか」になりながらシリーズは続く。そして強烈な存在感を出した明日香も、スピンオフとしながらも独自のシリーズで主人公として描かれる。

 それにしても、そんな柳原明日香をテレビではなぜ泉ピン子が演じているのか。テレビの作品は見ていないから余り言えないが、原作を読んだ身としては、どこでどう結びついたのか理解できない。

*そして最新作では、逞しくなった爽子が明日香を支えて事件解決に尽力します。