小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

19 あんぽん(孫正義) 佐野 眞一 (2012)

【あらすじ】

 在日三世として、貧しくそして不衛生な「朝鮮人集落」と呼ばれる場所で生れた安本正義。そんな環境から父三憲は金融、パチンコ業などで成功し、高級車を何台も所有する身分にのし上がった。中学の時には自分の出生に向き合い、中学3年で自ら在日三世と皆に告白する。

 幼少から頭脳は優秀で、後に実弟も進学し堀江貴文と同級生になる久留米大学附設高等学校に入学する。高校時代から事業欲は旺盛で、学習塾の経営を発案。そして坂本龍馬に感銘を受け、自ら脱藩をイメージしてアメリカに留学、そのまま高校、大学と飛び級を重ねて卒業を果たす。自分で開発した自動翻訳機をシャープに1億円で売りつけて商売の元手として、当時日本では流行が終っていたスペースインベーダーゲームを廉価で大量に購入してアメリカで販売して成功する。

 1980年日本に帰国。福岡に「日本ソフトバンク」を設立し、コンピューターの卸業者から始めてどんどんと事業を拡大して、日本でも有数のソフトバンクグループを築き上げる。

   孫正義(プレジデントオンラインより)

 

【感想】

 私がソフトバンクと初めて接したのは1982年頃。当時「マイコン」で家にあったシャープのMZ80Kを活用するために、専門誌の「Oh!MZ」という雑誌をたまに購入してはパソコンをいじっていた。パソコン熱はすぐに冷めてしまったが、出版社の名前が「(日本)ソフトバンク」と記憶があった。その後ソフトバンクはどんどんと成長していき、その時に何か関わっていたらと思ったもの。今から考えれば、「Oh!MZ」も、そしてソフトバンクも創業間もない頃だった。

 題材が孫正義となると、IT業界の先駆者として事業を拡大する姿を描くのが一般的だが、本作品はその期待が裏切られる。在日朝鮮人三世である孫正義のルーツまで探っていき、そして昔の「在日」という存在がどれだけ苦しい生活をしていたかに主眼が置かれていく。その中で自分と向き合い、日本に帰化申請をする際、何度も却下された「孫」を貫き通し、日本の姓で「孫」の前例がないと拒否する担当者に対して、まず日本人である妻を「孫」に改姓させて前例を作って認めさせるほどのこだわりをみせた

 以前の在日で「羽振りの良い者」は、パチンコと金貸し(と反社会的勢力)を生業とし、そこで舎弟制度のように仕事を学んで生きていった。孫正義の父三憲はまさにそんだ時代に生きていたが、正義はアメリカの自由な雰囲気と、日本で「表面的には」差別をしない同級生などの社会的な見方の変化からも、自らを信じて「在日」にこだわる選択をした。その時親戚は皆、大反対だったという

 また第二部では、第一部が終了した直後に発生した東日本大震災とその後の孫正義の対応に対して、「脱原発」へのエネルギーとして、やはり先祖が関わった炭鉱の仕事に求めて、もう一つの「孫正義のルーツ」を丹念に拾い集めている。

 

nmukkun.hatenablog.com

孫正義の切り開いた道を辿った「狼」たち。

 

 と、ここまで書いたが、本作品については(私にとって)残念な点が多い。孫正義を描く上で在日の意味は大きいが、孫正義の名を世に知らしめるのは、やはりソフトバンクを築き上げた経営者としての姿。たまに父三憲や、孫正義に追いやられた元野村證券のエリートでソフトバンク元社長のインタビューを挟んでいるが、その内容は孫正義及び「ソフトバンク」の実態に踏み込んでいない。また「脱原発」のエネルギーを、先祖が携わった炭鉱の仕事に求めるのも、ムリがあるしまた結びつける必要があるとも思えない。孫正義というネームバリューを見越して「在日」の実態を描くわけでもなく、書き手の立ち位置に中途半端な感じが否めない。

 しかも作者の上から目線が入り込み、作者がしゃしゃり出て興醒めしてしまう所も多い。所々に「孫正義をテーマとしたこれまでのどんな本より、本書は百倍は面白いと確信している(あとがき)」旨の内容を書いている。この姿勢からして「ノンフィクション作家」としてどうかと思うし、その後作者は橋下徹特集の記事で謝罪に追い込まれ、著作権問題で訴訟沙汰になるなど問題に巻込まれてしまう。

 経済小説としてどうかと迷ったが、孫正義は是非扱いたかったし、毛色の変わった作品という意味も含めて、取り上げた。

*ノンフィクション作家佐野眞一の金字塔とも言える作品です。2022年死去。