小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

1 IBM の息子 トーマス・J・ワトソン・JR (1991)

【あらすじ】

 IBMを巨人にした偉大な父、トーマス・J・ワトソン・シニアに対しての反抗心もあり、悪戯好きで時には警察のお世話になった少年時代を過ごしたジュニア。新入社員生活を営業マンとして過ごし、戦争で活躍したあとIBMに復帰し、父の跡を継いでIBMの社長に就任する。当時は黎明期であったコンピュータの将来性を見据えて先行投資を行い、IBMをコンピュータ業界の「巨人」に成長させる。ユーモア精神もあり、好悪も率直に述べた、小説のような自伝。

 

【感想】

 電機・IT業界のくくりは、本作品からスタート。偉大な父、シニアが戦前に築いたIBM帝国は、アメリカの企業には見られないいくつかの特徴があった。

 IBMセールス・スクールによる新入社員の営業マン研修制度。白のYシャツに濃紺のスーツで統一した、隙のない「ユニフォーム」で統一した社員たち。高価で故障しやすい当初の「パンチカード式」計算機を利用してもらうために、レンタル契約にして、販売後のメンテナンスやサービスを継続して行った。そのことで顧客からの要望を吸い取り、リピートを生み出す仕組み。そしてレンタルにすることで、景気に左右されない毎年安定した売上を確保する会社基盤を築き上げた。これらは丸っきり、半世紀後に一世を風靡した「日本的経営」に通じるもの

 

   

 *従業員に、「THINK」を求め続けた創業者 トーマス・J・ワトソン・シニア

 

 ニューディール政策の失業者管理や、第二次大戦による軍の物資管理などでIBMの「パンチカード式マシン」(今の人は想像できないだろうね)は活躍して、計算機業界に君臨する。ところが間もなく、UNIVACがコンピュータを製造するに及び、時代遅れとなったことを痛感。そこでIBMは朝鮮戦争を契機に、軍に納入するために巨費を投じてコンピュータ開発を行ない、成功を収める。

 

 *IBM制の「パンチカード」。こちらで情報を管理(ROM=Read Only Memory)しました。(ウィキペディアより)

 

 真空管による第一世代、トランジスタによる第二世代のコンピュータを開発したIBMは、1964年に集積回路による第三世代のコンピュータで、全てのシリーズでアーキテクチャ(互換性)を持つSystem /360を発表する。周囲からは「無謀な冒険」とも言われてその動向が注目されたが、結果的には成功する。

 但し納期の後れや、巨額の研究費を投入したために資金繰りに窮するなど、「IBM設立以来」の問題に直面する。結局問題はクリアされて、System /360は大成功するが、その過程で実弟や何人かの幹部がダメ―ジを受けて失脚するが、その姿は正に「一将功成りて万骨枯る」

 本作品を読んでいると、その時折で「賭け」には出ているが、IBMと言っても技術だけでなく、販売網の充実と営業マンの育成が会社に欠かせないことがよくわかる。これも例えば家電のパナソニック、自動車のトヨタなどと同じく、技術だけでなく販売が充実していないとその業界のリーディングカンパニーにはなれない、日米で共通する「公理」が描かれている

 トーマス・ワトソン・JRは心臓発作で倒れ1971年にIBMから引退する。その後、ロシア語の知識から駐ソビエト大使を務めるが、直後にアフガニスタン侵攻が起きてその対応に追われ、1980年の大統領選でカーターがレーガンに敗れることで退任。失意のうちに帰国する。

 1981年、古巣のIBMは、アップルなどのパーソナルコンピューターに対抗するため、突貫工事で「IBM PC」を作りあげた。こちらも大成功するが、突貫工事のため自社で開発する時間がなく、CPUはインテル製、そしてOSは当時25歳の「パソコンおたく」ビル・ゲイツに「MS-DOS」の製作を依頼した。

 「ボス」が失意の底にある時、IBMは知らず知らずのうちにコンピューターの「頭脳」を明け渡すという、将来の会社経営に禍根を残す「千慮の一失」を犯していた。時にアメリカの国家そのものと言われ、20世紀のコンピュータ業界に君臨した企業。全世界に特許戦争を繰り広げて、スパイ事件の中心ともなったほどの影響力をもった企業だが、インテルマイクロソフトと比べて、20世紀の幕引きにおける存在感は、余りにも薄い。

 それはトーマス・ワトソン・JRが大使を務めたソビエト連邦の軌跡とそのまま重なる。

 

   *そして息子も「THINK」を求めた(Ivy styleより)