小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

10 老虎残夢 桃野 雑派(2021)

【あらすじ】

 中国は南宋の時代の、ある雪の夜の出来事。湖に浮かぶ孤島の八仙楼で、武術の達人として名高い梁泰隆の遺体が発見された。梁泰隆は3人の武侠を招き、その内の1人に自らの奥義を授けようとした矢先のことだった。雪と湖に囲まれた二重の密室の中で、梁泰隆はなぜ、そしてどうやって殺害されたのか。

 3人の武侠たちは、厳しい修行を経てそれぞれ特殊な能力を身につけている。例えば水上を歩行したり、足跡を残すことなく雪上を異動したり。

 梁泰隆の愛弟子でありながら奥義継承の候補者に選ばれなかった紫苑は、そのことに複雑な思いを抱きつつも、姉妹以上の絆で結ばれた恋華とともに、敬愛する師父の死の謎に挑んでいく。

 

 

【感想】

 舞台は中国。今から1000年ほど前の南宋の時代が舞台。中国の歴史小説も「くくった」ので、岳飛などの名前が出るとテンションがあがります。

 もう少し歴史背景を付け足すしますと、(北)宋が建国されてしばらくのこと。北方の女真族が「金」を建国して中国大陸本土に侵掠すると、皇帝を初めとする宋の皇族を略奪する事件が発生(靖康の変:1127年)、残された宋の王朝は南へと遷移して南宋として国を維持します。その後宋と金は一進一退を繰り返しながら最終的に和議を結ぶと、皮肉にも南宋は経済的に発展し、空前の繁栄を謳歌しました。この時代に平清盛日宋貿易で富を築くことになります。しかしその後、金も南宋も呑み込むチンギス・ハン(テムジン)が登場します。

 

 本作品に話を戻すと、孤島の建物で起きた密室物ながら、登場人物は一部を覗いて特殊な武芸を身につけていることにより、「特殊設定もの」でもある。簡単にまとめると、

 ・内功:身体の内側より生じる、気を自在に操る力

 ・外功:外面的な力。膂力(りょりょく)

 ・軽功:気脈の流れを操り、己の体重を極限まで減らし、羽のように身を軽くする技

 ・踏雪無痕:軽功を操り、雪面に足跡を残さずに歩く能力

 

 これらによって水上を歩行し、又は足跡を残すことなく雪上を異動することができ、この「池に囲まれた孤島」という密室殺人に影響を与える(改めて書くと、初めに条件設定ありき、と思うけど💦)。

 加えて梁泰隆の愛弟の紫苑と梁泰隆の養女の恋華は、愛し合うことで「百合もの」ともなっている。これらてんこ盛りの設定によって、動機の点でもさまざまな可能性が推測されるなか、ただ1つの真実に収斂されていく過程は見事であり、完成度の高い江戸川乱歩賞作品に仕上がっている。

 

 宋が南に逃れた後の「抗金運動」を描いた作品です。

 

 個人的には舞台となった南宋時代が気になりました。最初はこの時代背景とする必要はあったのか、と思いましたが、最後には収まるところに収まった印象。ネタバレしない範囲で言及すると、北方謙三の「水滸伝シリーズ」の設定から影響を受けている印象を受けます。

 特殊設定ものから、「生ける屍の死」を連想しました。また各武侠たちが繰り出す特殊な武術がさく裂する戦いのシーンも、ミステリーから離れた形ながら、物語を盛り上げてくれます。