小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

7 眠りの森 (1989)

【あらすじ】

 高柳バレエ団の事務所に侵入した男が、所属ダンサーに花瓶で頭を殴られ死亡した。正当防衛の行為と思われたが、男がなぜバレエ団に侵入したのか謎で、正当防衛と結論できないでいた。そんな中、バレエ団のプロデューサー梶田が毒物により殺害される。捜査一課の刑事加賀恭一郎は、捜査をしながらも以前お見合いの時に鑑賞したバレエ団のダンサー、浅岡未緒に想いを募らせていく。

 捜査にあまり協力的でなく、秘密を抱えているように見えるバレエ団の面々。バレエ団の中で渦巻く思惑と過酷な現実。警察が事件を追う中で、犯行の動機は劇団員たちの過去に関係していることが分かってくる。そんな隠された真実が、そして事件の真相が加賀によって暴かれる。

 

【感想】

 初読の時は、「この加賀さんって、あの加賀さん?」と後から思った程、最初は全く気付かなかった。「卒業」のあと、全日本学生剣道チャンピオンの肩書を活かして、どこかに就職して社会人の剣道士として腕を磨いているのだろうとぼんやりと思っていたもの。まさかミステリーで、しかも刑事役で再会するとは夢にも思っていなかった。一度学校の先生になったが、「嫌な思いがあって」警察に転職したという。以前は父が刑事だった反発があったらしいが、その辺は自身の社会人の経験も重ねて色々と思うことがあったのだろう。転職する登場人物は東野作品ではけっこう多い(東野圭吾本人も、転職組になる)。

 しかも前作の告白が「玉砕」した上に、本作品ではお見合いでバレエ鑑賞をした相手とはうまくいかず、今回は事件関係者の1人に想いを募らせと作者は加賀に対して厳しい試練を与え続けている。若くして捜査一課の刑事に抜擢された割には余り冴えない印象も受け、「加賀さん」登場2作目をもってしても、東野作品のシリーズキャラクターになるとは考えられなかった。

 そして事件の舞台はクラシックバレエ団とかなり敷居が高い設定。東野圭吾も1年間バレエの舞台を見て研究したそうだが、それまで扱っていた劇団よりも、更に「プロ」という印象が強い。そんな独特の雰囲気、そして独特の人間関係が広がる集団の中で事件を起こし、加賀に解決を担わせた。

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 バレエ団で厳然と存在するヒエラルヒー。主役を張るプリマドンナとその脇役たち、そして振付師や舞台設定、音楽等のプロ、それらを束ねるプロデューサーなど、会社組織よりも明確に線引きされている。そんな中で起きる事件であり、殺人事件であっても警察の捜査協力よりも、バレエ団の運営や立場にとって、「損になるか、ならないか」を優先して考える。警察もプロならばバレエ団もプロの集まり。

 そして事件の真相もバレエ団を舞台設定したことが意味ある内容となっている。かなり込み入った形だが、プロヂューサーの役割と、バレエ団員の立場等がからみ、複雑な模様を描いている。そしてその中に、東野圭吾らしい悲しい理由も忍ばせている。

 その上で見事な「フーダニット」、意外な犯人を描いている。それまではトリック等の「ハウダニット」を意識した作品が多いが、前作に続いて今回は「別の手」を使い、ミステリーとしての効果を強調した。バレエを1年間研究したとの話だが、果たしてここまで考えていたのか。

 加賀は題名の「眠りの森の美女」のように、王子が王女に求愛する場面を演じる。但しその結末は、現世では結ばれない「白鳥の湖」となった(白鳥に姿を変えられた恋人の呪いが解けないことに絶望して、王子と恋人は湖に身を投げ来世で結ばれる)。