小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

16 摩天楼の怪人 (御手洗潔:2005)

【あらすじ】

 ニューヨーク、マンハッタンの高層アパート「セントラルパーク・タワー」は幽霊マンションとか愛人マンションとか言われていた。1969年、そこに住む引退した大女優、ジョディ・サリナスは死の床で過去の犯罪を告白する。1921年の嵐の夜、停電中に拳銃で演劇プロデューサーを殺害する。但しジョディはその夜はずっと34階にいたが、事件は1階で起きている。エレベーターは停電で止まった状態で女性が短時間で移動するのは不可能だった。この事件は結局迷宮入りになるが、過去から現在までジョディの周りで困った時に助けてくれるような事件が何度も起きて、今まで不思議な力に守られていたと話す。コロンビア大学助教授時代の若き御手洗潔が、その神秘的な謎を解き明かす。

 

【感想】

 以前シカゴを訪問した時、地震があまり発生しない地域のためか、高層ビルがかなり隣接してたてられていることに驚いた。ビルの狭間から見上げると、最上階は太陽に隠れて見えず、地上の世界とは切り離された印象を受けた。その後に読んだ本でもあり、印象深い作品。

 19世紀末から、そんなシカゴと高層化を競い合ったニューヨークの摩天楼。元々は原野であったマンハッタン島から発展する歴史を語る。そこには第一次世界大戦への参戦、農村から都市への人の移動、禁酒法で暗躍するギャング、株式市場の爛熟とブラックマンデーによる崩壊(日本の近現代史もほぼ同じトレースで追いかけている)を背景に、高層建築の技術史を挿入する。

 対して地中空間の挿話は意味深長。摩天楼に住む「高層人」と対比していると想像させる。これも作者の「文明論」か。山の手と下町、丘の上と下、タワーマンション。日本でも似たような対比は各地で見られる。

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 物語は題名を模した「オペラ座の怪人」を思わせる。「幽霊」「愛人」と高層マンション事態に謎めいた雰囲気を持たせて、その建物内に暗躍する怪人。その怪人は報われない、一方通行の想いを胸に、自分の「推し」女優が成功するために犯罪行為も辞さず守り、チャンスを与えていく。そして「推し」女優は大女優へと成長する。その舞台となる高層ビルの知識が、「オペラ座」のように建物に意味を与え、物語に深みを与えている(ちなみにオペラ座の怪人は、オペラ座の「地下」を舞台としている)。

 御手洗潔シリーズでは、シリアルキラー、ピラミッド、吸血鬼、津山事件、そして前作の「魔人の遊戯」では医療知識と、ミステリーの謎を深める背景を、時代を超えて描き、雰囲気を盛り上げている。その内容は読者をぐいぐいと引き込む力を有しているが、雰囲気作りに終わらず、時に動機、時にトリックの伏線ともなり油断できない。そして本作品のトリックは見事。事件の真相はともかく、「怪人」の謎は印象深い挿絵とともに心を捉える。ここまで読んできたのが報われる思い

 個人的な思い出をもう一つ。昔、新宿歌舞伎町にある雑居ビルのオーナーを訪れたことがあった。いかがわしい看板とネオンで飾られた店舗が埋まったビル。事前に教えられた通りエレベーターの最上階で降りて、さらに奥にある隠し扉のような入口から階段を上ると、急に空間が静寂に包まれ一般民家の玄関が現れる。中に入ると三和土もあり、奥の部屋には品のいいおばあちゃんが、一人コタツでミカンを食べていた。なんだか桃源郷に紛れ込んだような、キツネにつままれたような思いにとらわれた。

 様々な知識を駆使して作品を仕上げる島田荘司。本作品を読むと、そんなことも含め、色々なことが心に浮かんでくる。