【あらすじ】
首都高速でトラックとタンクローリーが激突の上炎上し、多数の死傷者を出す惨事が発生した。その事故現場に倒れていた男性の傍らには、焼けただれた女性の右足が置かれていた。重症を負っていた男は、救急車で搬送される途中、女性の右足と共に救急隊員もろとも姿を消してしまう。
そして首都高速の各所で次々と発見されるバラバラに切断された女性の死体。やがて身元が判明した被害者は、おとり捜査官・北見志穂の大学時代の同級生だった。
【感想】
山田正紀の作品群は「レッテル」を張られるのを抵抗するような強い意志を感じ、同時に質・量とも半端な覚悟の読者を寄せ付けない威容がある。ミステリー、SF、ファンタジー、ハードボイルド、伝奇、歴史、社会批判、科学、そして「神」と、様々なジャンルが跋扈し、ジャンルごとにペダントリーが横溢しつつ、その上に独自の解釈を繰り広げ、読者が安易に理解することを拒絶する。あえて一言にまとめると「山田正紀ワールド」と言うしかない。そしてその世界に耽溺すると、まるで蜘蛛の巣に取り込まれたかのように抜けられなくなる。
その中で「おとり捜査官シリーズ」は、まだ読者の間口は広い方。主人公の北見志穂は「みなし公務員」として巡査に準ずる身分のおとり捜査官。子供の頃から男たちにつきまとわれる「生れながらの被害者タイプ(?)」で、その経験から心理学を学び、おとり捜査官に選ばれる設定となっている。
シリーズが五感をテーマとしていて、主人公の設定と合わせてマイルドだが官能的な雰囲気も漂わせている。「新宿鮫」が劇画的ならば、こちらはVシネマ向きか(テレビシリーズは余り見ていないが、「ちょっと見」では原作と全く別物に思えた)。
とは言えそこは山田正紀。シリーズ5作ともテーマに沿ったうえで、ミステリーとしての構成も見事。
第1作「触覚」は痴漢事件からおとり捜査の流れに持っていきつつ、どんでん返しを用意している。
第3作「聴覚」は誘拐事件を特異なトリックで成立させつつ、精神的に病んだ主人公の再生を描く。
第4作「嗅覚」は放火犯の事件を追うことで別の事件が交錯し、複雑な様相の真相に迫る。
最終作「味覚」は不可解な謎をひめた事件が重ねて発生する中で、更に背後の組織との対決に至る。
*当初はもっと「おとなしい」表紙でしたが・・・・
本作品「視覚」は2作目。女性の右足からバラバラの殺人事件に発展し、それが北見志穂の同級生とわかり事件に巻き込まれていく。容疑者が判明するがアリバイがある。そこでアリバイ崩しもテーマの一つとなり、ミステリーの要素を深めたうえで、バラバラの死体にした意味も判明してくる。
最後は衝撃。これによって主人公は精神的に病んで第3作へと続くのだが、前作及び人物設定から「受動的」なイメージが強い主人公が、今回はおとりではなく潜入によって「能動的に」事件の捜査に取り組み、自分の「宿命」を乗り越えていく。精神的なダメージを受けるなどの紆余曲折があるが、事件を通して振り払いながら「生れながらの被害者タイプ」から自ら脱却していく姿を描くことが、このシリーズの主題の一つとなっている。その転機となった作品でもある。
続く第3作の構成も見事で続いて読んでもらいたいが、やはりこれは全5巻、順番に読んで欲しいシリーズ。最初からシリーズ全体の構成を考えて、それぞれのテーマに合った事件や謎を入れ込んでいる。
それにしても、このシリーズ全5巻が、1996年内に2か月おきに全巻発行されているのには驚かされる。司馬遼太郎も驚いた構想力を持つ(直木賞での選評)山田正紀にとって、このシリーズ5巻は「余技」だったのかとさえ思ってしまう。
*ドラマでは1998年から20年間続きました。松下由樹さん、若い!