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【あらすじ】
尾張熱田神宮の修理番匠を務める岡部又右衛門以言。織田信長が桶狭間に奇襲をかける時、今川義元の首を掲げる輿の注文を受けると共に、将来は自分のために城を建てるようにと言われた。それから時は流れて、信長の天下統一は目前に迫っていた。信長の番匠となって仕えていた又右衛門は、近江に天下を睥睨する五層の天守を持つ城を築くことを命じられる。不安はあったが、又右衛門はこの天守を建てたいという気持ちが勝り、その依頼を引き受ける。
しかし子の以俊は父を見返したい気持ちから、自分が指図(図面)を引くと申し出る。以俊は信長の嗜好が反映している南蛮寺も研究し、信長が望む吹き抜けも取り入れて、斬新な建物の指図を描く。その外観に興味を持つ又右衛門だが、構造を見て瞬時に使い物にならないと断を下し、火にくべてしまう。理由も言わずに却下されて、反発する以俊。
又右衛門は信長が城を建てるならば安土だろう、と以前から考えて、丹念に安土を調べていた。様々な街道が交わり、水運を握る琵琶湖に面する場所。そして信長の居住空間でもある天守が吹き抜けでは、火の周りが早くなるために、模型を使って火をつけて信長に諫止する。
宰領を任された又右衛門は、まだ敵国の木曽に行き、天下城に相応しい檜を調達する。厳しい目で峻別する又右衛門に対して、木曽の庄屋甚兵衛は呆れながらも職人としての意気を感じ、本来は見せない、伊勢神宮の遷宮にしか切り出さない森へと案内する。
しかし安土城築城に、前の近江領主で信長に領地を奪われた六角承禎は面白くない。甲賀の地に潜んで再興を目指す六角は、忍びを潜ませて築城を阻止しようとする。指図が盗まれ工事の工程が流出し、蛇石と呼ばれる巨岩を山頂に移動させる途中で、岩が滑り出して人を圧死させる事件が、又右衛門の身辺で次々と起きる。巨木の伐採を担った甚兵衛も挟まれて命を落とし、城とは命を終える場所と改めて感じる。
*「安土・南蛮図屏風」部分(安土町城郭資料館蔵)
それでも天守が完成に近づいた時、信長は戦場での経験から、壁を今より厚く、砕岩も詰め防御を固める要望を出す。構造の耐久性から見ると危惧を受けるが、結局信長の意向通りに変更することになった。しかし真ん中の大通柱に対して、壁の四方が下降してゆがみを生み、建物全体が崩落する可能性が出てきた。一晩木のきしみを聞いた又右衛門は、3本の大通柱の根元を四寸切る断を下す。乾坤一擲の大勝負。周囲が緊張する中切断した後、ゆっくりと大通柱は地に落ち着き、歪みや軋みはほどなく収まった。
安土城は完成した。その工程で子は父を見る目が変わり、父も子を認める。そして信長は新たに石山本願寺跡に築城するといい、その指図を又右衛門は以俊にまかせることにする。
そんな親子が会話をしていた頃、本能寺に明智光秀の軍勢が迫っていた。
【感想】
石垣の次は大工の話。織田信長に関与する職人たちは、みな信長の斬新性に驚き、要求の高さと厳しさに根を上げる。しかしそれでも信長の持つ魅力に抗しきれない。
「信長はつねに人を瀬戸際に立たせる要求をだす。死にもの狂いでやればかろうじてできるが、気をゆるめて手をぬけば、けっして実現できない注文だ」とし、
「あとで苦労することはわかり切っていることなのに、そのひりひりした感覚が味わいたくて、又右衛門はいつもひきうけてしまう」(文庫版21―22頁)。
と主人公に思わせる。織田信長編でいくつかの人物を取り上げたが、信長は武将にも家臣にも、自分の全てを出し切ることを要求し、その思いに応え続ける者と、途中で心が折れてしまう者に分かれていくのだろう。
また城作りにも1つの思想が語られている。「城はな、人の血を吸って建つのだと、あらためて思い知ったでや・・・・われら城大工の仕事は、武士どもが死ぬ場所をつくることであったわ」(同47頁)。更に木曽の山に分け入り、檜を選ぶ時も独特の感性を描いている。「わらを使いたいだと、千年早いわ。こんどの檜は、又右衛門にそう語っていた」(同128頁)
映画化もされた本作品は、模型を燃やすところが印象的なシーンとなっている。吹き抜けは美しいが、一度火が回ったら「通り道」になり、短い時間で全体に回ってしまう。実用的な点も考慮して、子の以俊に対して挌の違いを見せつける。
*映画で主人公を演じたのは、先日亡くなられた西田敏行さんでした(フジテレビ)
そしてハイライトとも言っていい、軋みと歪みを正すために、大通柱の根元を四寸切る「乾坤一擲」の作業。木との会話ができる又右衛門だからこその判断であり決断になる。
以前NHKの「プロジェクトX」でも紹介された、「鬼」と呼ばれた宮大工の西岡常一は、屋根を支える隅木を設計よりも5センチ高く組んだ理由を聞かれて、「歳月の重みで屋根の反りは落ちていく。千年後に、設計通りなる」と答えたという。
1,000年かかって育った木を、1,000年生かす。本作品を読んで、そんなことを考えた。
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