小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

19 審理炎上 加茂 隆康 (2009)

【あらすじ】

 新人弁護士・水戸裕介のもとへ、事故死した夫の損害賠償を求める妻が訪れる。亡くなった夫は世界の投資ファンドを顧客に持っていたフリーのトレーダーで、年間の収入は200億。そのため逸失利益は跳ね上がり、請求する賠償金の額は2000億円。その割に仕送りは月20万円しかなく、財産も全く残っていないという。

 疑問が残りながらも弁護を引き受ける水戸だが、やがてその妻に夫殺害の疑いがかかる。そして相手方の損害保険会社は、あの手この手を使って陰謀を巡らし、水戸に揺さぶりをかける。窮地に追い詰められた水戸だが、そこから逆転劇が始まる。水戸がようやく知り得た真相は、余りにも許されざるものだった。

 

【感想】

 交通事故を専門とする弁護士が描いた「巨大損保の闇」。賠償金の額が2000億円という人目を引くキャッチーな金額で物語は始まる。その巨額の賠償金を依頼する妻は、普通の主婦の様子で財産のありかも不明という怪しげな設定。しかも殺害容疑で逮捕までされてしまう。果たしてどうなのかと思っているが、ストーリーは損害保険会社との法廷の場に移されていく。

 弁護士が描いた小説でもあり、法廷での対決や書面、そして調査が物語の中心となるが、そこから巨大損保の「闇」があぶりだされていく。正式に契約した保険だが、いざと言うときにいろいろと難癖をつけて支払をしてくれない場合もある。中には保険金目当てでいろいろな「策略」を巡らす人もいるので保険会社も大変だと思うが、素直に支払ってくれず落胆する人も多いことは事実。作者はその職業柄、そんな人たちを多く見ていただろうから、こんな作品を構想したのだろう。

 

nmukkun.hatenablog.com

*損害保険会社の「闇」を、損保側から描いた作品です。

 

 ます三流週刊誌を焚きつけて、依頼をうけた水戸弁護士について「巨額の賠償金を請求するモンスター・クライアントとそれに便乗したハイエナ弁護士」とかき立て、弁護士の妻まで紙上に掲載することから始めて揺さぶりをかける。次に請求した「原告」の妻に殺人事件の容疑がかかる。被害者が妻の製作したカルトナージュ(手芸品)をネットで散々誹謗したとするもので、現場には妻がカルトナージュの材料に使っていたものと同じ布きれが落ちていたという。妻は嫌疑不十分で釈放されるが、警察もそれだけで逮捕するとは思えない(最初は重要参考人でしょう)。これは作者の弁護士さん、ちょっとやりすぎ?

 極めつけは水戸弁護士に対して告訴状が出される。証人に対してウソの証言をしたとして脅迫したというのだ。そんな状況の中で、法廷では相手方の老練な手法と巨大損保という信用力で進められて、水戸は窮地に陥る。

 ここから水戸は「突破口」を見出す。証人の証言が本当に正しいのか、現場で検証して疑問が生じてくる。損保と証人にある不自然な金の流れが判明。そして事務所の従業員が「偶然」見つけたものにより、偽証が決定的なものになった。また損保側は弁護士事務所に「スパイ」も潜り込ませていることも疑われ、偽の情報を流して相手方を窮地に追い込んだ。そして損保側が仕組んだ「犯罪」を暴く。

 それから一気呵成に決着へと向かう。主人公がどんどん窮地に追い詰められてからの逆転劇は、爽快の一言。そして相手方を完膚なきまでに叩きのめす完全勝利を挙げる。最後に残された妻と亡くなった夫の関係も語られて、全てが丸く収まり一件落着。

 そこで最後に作者からのメッセージが短めに入る。やはり弁護士として「現実離れ」した物語に対しては呵責の念もあったのだろう。「この作品はフィクション」の意を伝えるのを、これほど効果的に使った作品はない(笑)。

 

*作者のデビュー作は、山本耕史主演でドラマ化もされました。