小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

14 小説で読む銀行取引 荒 和雄 (2005)

【あらすじ】

 東京蒲田に工場を持つ、IT関係やハイテク産業に対して確たる技術で受注を維持して黒字経営を維持している資本金3,000万円のアルファ社。その陣容は還暦を迎える社長の武藤鉄夫。監査役で妻の久恵。そして他のメーカーに就職して社外研修を終えて入社した息子幹夫になる、典型的な同族会社。

 そんなどこにでもあるような会社だが、銀行からの資金調達は最近の「貸しはがし」により周囲は苦労している。アルファ社もメインバンクとの付き合いを普段から密にして今後の取引をスムーズに行いたいが、銀行側にもいろいろな思惑があって、取引先への付き合い方も、会社側の希望通りにいかない。

 折しも受注増加により工場の建設が必要となり、新たなる資金調達が必要になる。社外のブレーンで元銀行マンで中小企業診断士の清水実に知恵を借りて、どうすれば資金調達をうまく行えるかを考えていくことになる。

 

【感想】

 作者の荒和雄は、東京都民銀行出身で支店長経験もあるが、中小企業診断士の資格を元に独立。経済評論家やコメンテーターとして活躍すると共に、作家としても、主に金融を巡る数多くの作品を上梓している。そして本作品はなるべく簡易に中小企業が生き残るのに必要な「選択」を描いている。

 銀行の融資課長が自ら語っているが「銀行は晴れの日に傘を貸し、雨の日には傘を取り上げようとする」との言葉。これは昔から言われていたことだが、バブルの全盛期における銀行の「貸し込み」とその崩壊による「貸しはがし」で、極端な形となって現われた。

 

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*銀行側から見た資金回収の実態です。

 

 上から目線になるメインバンクの支店長。会社の社長からみれば長年付き合いをしていたとの思いがあるが、銀行側はその時の上層部による指示で、取引先は「駒」でしかない。舞台となった時代は、銀行の自己資本増強が迫られて、新たな融資はおろか、すこしでも貸付残高を減らしたい時代。そんな事情が背景で支店長が取引先に対する対応は「慇懃無礼」になる。

 但しメインバンク側も、優先順位が変更する場合がある。コスト削減のためのリストラに迫られて、取引先に人員を無理矢理押し込もうとするのに対しどう対抗するのか。本作品は設備投資による融資申し込みと相まっての話になり、アルファ社は厳しい判断に迫られるが、こちらは支店長が突然「リストラ」されることで決着を見る。話がうますぎる感もあるが、支店長が交代しないままだったらどのような判断をしたのか見たかった気持ちもある。

 会社側でも自衛策が必要になる。まず会社全体で決算書を理解して会社経営を学び、現在の会社がどのような状態か、資金繰りや将来の返済見通しの策定など、「己を知る」こと。反対に銀行を取り巻く情勢や銀行が取引先に求める商品。新たな融資を行う時に銀行はどこを見るのか。そして政府系金融機関や私募債など、様々な資金調達方法を学ぶことで「敵を知る」こと。この「孫子の兵法」をわかりやすく伝授することで、中小企業が生き残るのに厳しい時代に対する1つの「マニュアル」として作成されている

 そんな小説だが、中に「毒まんじゅう」も仕込んでいる。1つはリスケの一方的な通告。もう1つは株主総会において、中小企業の融資姿勢を正す質問をすること。アルファ社はその「毒まんじゅう」は使わないで済むが、いざという時の手法として紹介している。現代ではクラウドファンディングか。

 そしてこの頃から危ぶまれた中小企業の後継者問題を最後に描いている。アルファ社は息子が元々覚悟を決めて後継者となるべく勉強しているが、皆そううまくはいかない。後継者のマッチングなど新たな展開を求めているが、そのまま廃業を余儀なくされる企業もたくさんあることを忘れてはならない。

 

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大田区の町工場を描いた、もう1つの作品です。