小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

5 小説 ヘッジファンド 幸田 真音 (1995)

【あらすじ】

 「Dファンド」と呼ばれる、世界の市場で巨額の資金を動かし暗躍するヘッジファンド。派手な動きでディールを重ねては勝ち続け、常識を超えた高配当を出し続ける。世界の金融市場に席巻する姿は同業者に畏怖を与えている。

 謎に包まれたファンドのボスは、かつて米国系銀行で辣腕をふるうも、突如として姿を消した43歳の日本人女性、高城智子だった。そしてDファンドが次に狙いをつけたのは日本市場。円高で苦しむ日本経済の中で、Dファンドはどう立ち向かうのか。

 

【感想】

 現在は評論家としても活躍する幸田真音。最初に本作品を呼んだ時は「日本でもこんな経済小説を書く女性が現われたのか」と思った。まだまだ女性進出がかけ声だけで、実際には定着していなかった日本。その中で本当に社会進出を図りたい女性は、海外にその場を求めざるを得なかった時代。「絶望」という断崖と向き合いながらも、孤立無援なアメリカの社会の中、頼るのは自分の力のみで「社会進出」を果たしていく。そして当時、断崖に跳ね返された人も多くいたと聞く。

 米国系銀行での経験を活かした幸田真音(マイン~ディーラーで「買い」の意味)が描いた「ヘッジファンド」の世界は、自分でも回想している通り、時代の1歩先を行っていた。ジョージ・ソロスが運営するファンドが、イギリス政府の為替介入に対抗して通貨ポンドへの空売りを行い「イングランド銀行を潰した男」として注目を浴びたのは1992年。

  ジョージ・ソロス(ヤフージャパン)

 

 但しここで「ファンド」は専門的な話で、一般には余り浸 透されなかった様子。一般的にファンドが認知されたのは所謂「村上ファンド」騒動の時で、これは2006年。「相場も小説も半歩先がちょうどいい」と作者も述べているが、どうも1歩も2歩も先を行ってしまい、小説の発刊や題名(本作品は「ヘッジ」の言葉がまだ一般的でなかったため、最初は「小説ヘッジ・回避」と題していた)でなかなか作者の思い通りに行かなかったという。

 初読の時は、主人公の登場がベッドシーンから入り、本作品から見ると「邪魔」と思ったが、しばらく後のページでその「背景」が書かれている。それは読者に金融市場の「現実」は、どのようなものかをイメージさせる鮮烈なメッセージとなっている。ちょっと長いが引用する。

 

熾烈な闘いをくりかえす市場のまっただなかで、つかのまの休息をわかちあう、道連れだった。自らの身体を違いに分け与えて、お互いを満たしあう。それは、たとえば戦場でひとつのパンを分け合って食べるような、あるいは渇ききった喉を貴重な泥水で一緒にうるおすことに似ている(文庫版91ページ)

 

 アメリカでも普通に起こる、女性が社会で働くことに対する様々な「壁」。そして後にDファンドに加わる岡田隆之が味わう「とんでもない失敗」と、それを教える先輩の言葉もリアル。これらは全て作者自身が経験したこと、又は同じ職場で目にした光景を元に描いたものだろう。1つ1つの場面が、切れば血が吹き出るような現実感がある。

 そんな現実感があるから、所々の登場人物の台詞も現実味がある。岡田が日本経済を考えて、これ以上円高を進めることに対して意見をした時、ボスの智子は「渡る世間」なみの長台詞でそれに反論する場面でも、単なる頭でっかちの意見だけでないものが伝わってくる。また岡田も実家が円高で苦しむ中小企業の製造業を営む父とすることで、物語に深みを与えている。

 最終章はファンドのボス、高城智子のもう一つの顔を描く。ビートルズ超越瞑想に影響され、ITの経営者たちが東洋思想に傾倒されたかのような、やりきった人に表われる「別の顔」。私は漫画ブラックジャックで、自分が築いた財産を自然保護に使うエピソードを思い出した。

 

  ブラックジャック「宝島」より