小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

16 走れ!ビスコ 中場 利一 (2009)

   

【あらすじ】

 新入社員の江口リツコは、大雑把で呑気な世間知らずのお嬢様。お菓子のビスコにそっくりなためビスコと呼ばれている。そんな彼女が就職したのは業界第8位のお菓子メーカー。広報部に配属されるが、新人研修が終わっての評価は「戦力外」。超グラマラスな「恐っろしい先輩」尾藤さんに給料ドロボーと呼ばれ、同じく同期のユリちゃんと2人で泣かされる毎日が続く。

 しかしビスコが新工場に赴いた時に思わず提案! すると提案した仕事を任されるようになり、それまでの生活が一変する。

 

【感想】

 全編ディープな大阪弁で彩られる。私は大阪弁で書かれる小説がちょっと苦手だが、作者があの「岸和田少年愚連隊」の著者と知って納得。そして読み進めると、ビスコというよりは「じゃりン子チエ」の印象になる。そして周囲の人間もディープな人たちが囲んでいる。

 エグイ言葉で新入社員を泣かせるビトーさん、お預かり社員(?)のお嬢様エビちゃんや、いつも黒で統一している大沢部長、そして意味不明な音を発しながら話す課長のリトルA(??)。企業小説だが、カタカナやイニシャルがよく似合う(というか、漢字の名前が似合わないww)人たちが集まって、わいわいガヤガヤしながら、反面物事が全く進展しない(^^)

 

 そして極めつけは同期のユリちゃん。ビトーさんから毎日のようにダメ出しをされて3日に1回泣いていたのが少しずつ、会社での立ち振る舞い(?)を覚えていく。上司を「女」を使って味方に引き入れようとする。若さで誘って、嘘泣きで同情を引いて、手作り弁当で媚びを売り、飲み会で席を離れる度にスカートを短くして男心をエヘヘにさせる。こんなストレートフラッシュのような子はなかなかいないが、1ペア、2ペアで揃っている女性社員は、どんな小説にも登場するもの。

 但しその手は同性には効かない。ビトーさんからの叱責は容赦がない。ユリちゃんが「ウチも働いています」と言えば、「オマエは動いているだけや」。ニンベンがあるとないとでえらい違いで、私も新人時代、似たことを言われた覚えがある。「なんで自分もアンテナを張り、勉強して、努力をしないのか」は、今の若い奴は、というおじさんの常套の言葉と同じ。おじさんも若い時はよく言われていたもので、昔から延々とリフレインして使われ続けている

 学生から社会人になって一番の違いは、年配者が多いこと。学生時代は3年上位しかいなくて、後は「先生」だったが、30歳上の先輩と同じ職場で仕事をしなければならない。出社の前から仕事中、そして退社に至るまでわからないことだらけ。新人は周囲を気にするが、意外と周りは毎年の恒例行事と呑気に、そして興味深く見守っている

 そしてどこかで1度は「自分」を出さなくてはならない。自分で考え、実行して、成果を上げる。それが給料をもらうことだと、身体で覚えていく。そうなると坂道からころがるように仕事が回る。仕事に振り回されるのでは無く、自分で仕事を「ころがす」ことができるようになる。

 冒頭で、ビスコの兄崇史がうれしそうに泣いているシーンがある。父が創業したポルシェ販売店のメカニック、ベテランの鈴木さんについて6年経って初めて声をかけられたという。鈴木さんはメカニックとして神様のような存在で、最初の6~7年は何も教えないで見せるだけ。そして自分の技術を盗めそうな人だけ教えるという。前社長の息子でさえこの扱いである。

 新人の時によく言われた「叱られるうちが花」。この言葉も昔から延々とリフレインして使われ続けている。今は叱られている若い人は、月並みですがこの言葉の意味を噛みしめて、頑張ってください