小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

15 空飛ぶタイヤ 池井戸 潤 (2006)

【あらすじ】

 父親の後を継ぎ運送会社を経営する赤松徳郎。ある日、自社のトラックがタイヤ脱落事故を起こし、死傷者を出してしまったことを知る。事故原因を一方的に整備不良とされ、「容疑者」と決め付けられた赤松は、警察からの執拗な追及を受ける。さらには会社も信用を失い、倒産寸前の状態に追い込まれてしまう。しかし赤松は、事故原因は整備不良ではなく、事故を起こした車両自体に欠陥があったのではないかと確信を抱く。

 

【感想】

 2002年1月、重機を積載して片側2車線の走行車線を走行中の大型トラックの、140㎏の重さがある左前輪が外れて、下り坂を約50メートル転がり、ベビーカーを押して歩道を歩いていた母子3人を直撃。母親(当時29歳)が死亡し、長男(当時4歳)と次男(当時1歳)も手足に軽傷を負った。

 この事件、実は私の実家の近所で起きた事件。なだらかで見通しの良い下り坂は、子供の頃はまだ車の通りも少なく、自転車で「最高速度」を仲間と競っていた場所。そのため非常に興味深くニュースを追いかけていた。当初は運転していた貨物会社の責任を追求していた記憶があり、140㎏のタイヤが「飛んでくる」恐怖を想像するとともに、単純に貨物会社側の整備不良と過重労働が原因と想像していたもの。

 ところが2年後、事態は一変する。事故を起こしたトラックが、以前から金属疲労が起きやすい構造で、過去にも同様の事故を起こしていたことが判明する。製造元の三菱自動車製造物責任を認め、当時は珍しかったリコールを届けることになる。

 

www.shippai.org

*事件の詳細は、こちらがよくまとまっています。

 

 そして本作品が発刊され、内容を読んで、この2年の間にこれだけのことが起きていたとは思わなかった。社長の赤松は警察から加害者扱いされて,、当初は厳しい取り調べを受けていた。トラックの製造元である「財閥系名門企業(=罪罰系迷門企業)」ホープ自動車は、調査結果から「整備不良」と結論づけ、警察や遺族など誰もがその「名門企業」の調査結果を信じる。

 しかし、赤松は自社の完璧な整備記録と社員たちの働きぶりを見て、事故の原因は「整備不良」ではないことを確信する。会社の信用をなくし、存続の危機に立たされる中、1つ1つ反撃していく。調査の中で、組織ぐるみのリコール隠しの疑いを抱いた赤松。だが、決定的な証拠がない中、ホープ自動車グループの妨害工作は激しさを増す。赤松は家族と社員を守るために、真実を暴くために大企業と対決する。

 本作品で「ホープ自動車」は、名門企業ということで最初は調査結果を信用されたが、結局別会社に吸収されてしまう。現実の三菱自動車は2000年にもリコール隠しを行って、既に世間から糾弾されていた。そしてこの事件で2回目のリコール隠しが判明し、信用は地に落ちる。当時はしばらく、近所の三菱自動車のディーラー店が、閑古鳥が鳴いていたのを思い出す。章題の「コンプライアンスを笑え」は、当時企業を席巻したコンプライアンスに縛られて、本質を見失った会社を嘲笑していているようで、強く印象に残っている。

 本作品で赤松は、見事信用を取り戻し会社も存続するが、現実では、責任をかぶらされた運送会社は廃業に追い込まれる。また実際に運転していたのは運送会社の社長で、三菱自動車が欠陥を認めるまでの間、社長には中傷や嫌がらせが続いたらしい。私自身も当初表面的な報道で事件を「想像」してしまい、申し訳ないと思った。今の時代ならば、SNSで裏付けのない情報が拡散されて、そこに深く考えずに「いいね」を返す人が多数いたことだろう。

 大企業に対する中小企業の立場は、昔から変わらない。そしてこれからも大きく変わることはないだろう。そんな中で、社員を信じる社長の信念は、池井戸作品に共通している

 

*映画化され、長瀬智也が社長役を演じました。