小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

6 冷えた鋼塊(インゴット) 佐木 隆三 (1981)

   集英社文庫Amazonより)

 

【あらすじ】

 1970年3月、富士製鐵八幡製鐵が合併して、巨大企業の新日本製鉄が誕生した。会社国家・日本の代名詞として世界市場へ打って出るが、しばらくして「鉄冷え」の時代を迎える。永らく日本経済を支えてきた鉄の町、北九州市。主人公の佐藤憲治は技術供与のために、愛人と海外に赴任してする。留守を預かる妻由佳は文学サークルで出会った男と知り合い、次第に惹かれながらこの街で暮らしていく。斜陽化していくかつての基幹産業、誇りある鉄鋼マンたちと彼らを取り巻く女性たちを赤裸々に描く。

 

【感想】

 「鉄は国家なり」と呼ばれていた時代があった。戦後間もなく、政府は基幹産業である鉄鋼と石炭に増産資源を集中する「傾斜生産方式」を打ち出し、1950年の戦争特需もあり、その後東京オリンピック(1964年)までは、高度経済成長を牽引する産業となる。1970年に富士製鐵八幡製鐵が合併して「ガリバー」新日本製鐵が誕生する。

 但し、1970年代から石油ショックによる生産コストの増加でまず「鉄冷え」が始まる。それまで右肩上がりだった生産量が減産に転じ、溶鉱炉の稼働が次ぎ次ぎとストップ、従業員の休業補償などで、それまでは街で「肩で風を切っていた」鉄鋼一家の肩身が狭くなっていく。

 さらに言えば、それまでは官営として、住む家からして階層別にヒエラルヒーが厳然と存在して、丘の上から下にいくにつれて階級がどんどん下がっていく社宅群などは、時代の象徴であったが、一転して「鉄冷え」の時代となると、アイロニーとなっていく

佐木隆三原作の作品は、映画化もされて強烈なインパクトを受けました。

 

 本作品では八幡製鐵に勤務した経験を持ち、日本共産党に入党して労働組合などで過激な活動をしていた(後に脱退)佐木隆三が、新日本製鐵となった後の北九州市を舞台にして、当時の会社と街の様子を描いている。そしてもう1つ、「復讐するは我にあり」でも描いた人間模様も交えて、鉄鋼マンの夫と妻の「冷えた」関係も容赦なく描いている。冒頭に出てくる、余剰人員として自動車工場に長期派遣されている夫の眼を盗み、家で浮気をして夫に見つかり、裸で逃げて夫に追いかけられる女性のシーンはかなり衝撃的。

 主人公の佐藤憲治はエリートの技術者。鉄冷えの対策として、鉄鋼ではなく技術を外国に売るために永らく家庭を離れる。他にもこの街の誇り高き鉄鋼マンたちは、浮気をされた男は自動車工場に派遣され、また社宅の点検、見回りをする仕事に配置替えになるなど、現実の姿を暴いている

 そして妻の由佳は、文学サークルで出会った、汚れ仕事に携わっていた労働者、枝光哲也と知り合う。プロレタリアート文学を言える作品を描き、労働者の過酷な仕事を描写することに、エリートとしか接していなかった由佳は新鮮に感じ、どんどんと惹かれていき、男女の仲になってしまう。

 この人物を佐木は自分自身を投影したかはわからないが、実際に労働者として働いた佐木の経験が投影されてならない。佐木が旧新日鐵八幡製鐵に勤務していたのは鉄鋼業が全盛期の1954年から1964年までで、この頃は会社内のヒエラルヒーは厳然たるものがあっただろうし、労働組合で現実に問題にしてきたはず。それを「鉄冷え」の時代にそのヒエラルヒーが崩れている状態を小説の名を借りて、そして夫婦の関係を象徴的に描いている。

 主人公の夫婦は、最後にはまた寄り添う形を予感させて終わっている。本作品の後は、ノンフィクションが著作の中心となる佐木隆三。かつて勤務した会社について愛憎なかばする感情が込められている印象があるが、その視線も「冷えて」いる。

 

*作者佐木隆三は本作品の後も多彩の分野で旺盛な出筆活動を行ないましたが、その中でもノンフィクション分野での活躍はめざましく、宮崎勤事件やオウム関連、その他多くの事件も扱います。その知識の集大成とも言える本作品は印象的でした。