小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

3 大逆転! 小説三菱・第一銀行合併事件 (銀行:1980)

高杉良 

【あらすじ】

 三菱銀行と第一銀行が合併する。1969年元日、歴史的なスクープ記事が一面を飾った。金融国際化を見越し、スケールメリットと合理化による収益力の強化も目指した田実渉・長谷川重三郎の両頭取による合併工作に、非財閥系の第一マインドを消滅させてはならじと1人反対の姿勢を貫いた常務の島村道康。左遷にも怖気ることなく合併反対を掲げ戦い続け、やがて1つのうねりとなっていく。

 

【感想】

 高杉良の「出世作」として、現在では「古典的名作」となった経済小説。この当時の銀行業界は、護送船団方式の中で、ドラスティックな改革に制限を受けた中で経営が行われていた。また第一銀行側は、戦争中に政府主導による三井銀行との合併で帝国銀行となった過去があったが、戦後の分割で「痛手」を被り、渋沢栄一以来の伝統ある銀行が、中位行に甘んじる原因となった「嫌な」記憶が残っていた時代で、財閥系との合併には抵抗があった。そして今度は日本経済の中心とも言える三菱グループの中心である三菱銀行との合併話。「飲み込まれる」不安はどうしても頭によぎる。

 合併を主導する三菱銀行の田実渉は、三菱重工業の牧田與一郎らと共に、三菱グループの三羽カラスを呼ばれた大物。そして第一銀行の長谷川重三郎頭取も、創業者で財界の大物だった渋沢栄一の子息(13男=重三郎)で、若くからその手腕は嘱望され、血筋・手腕が伴い、なるべくしてなった実力派頭取。そこに常務とは言え、一介のサラリーマンが左遷を覚悟で頭取に反旗を翻す覚悟を下すのは並大抵ではない。事実、役員会(ボード)で反対は島村一人になり、そして危惧の通り銀行から外へ出向となるも、反対運動を続けた。

 島村は会長の井上薫や、社外重役やOBに根回しを起こすが、新聞史上に残る見事なスクープ(実際には合併が破談となったが)によって表に出て、ようやく現役行員の知るところとなる。現役行員は自分の将来に不安を持ち、支店長会議で島村の考え通り合併反対の決議となる。ここで長谷川は断腸の思いで合併を撤回、経営責任を取り頭取を辞任し、井上薫が頭取に返り咲く。そして井上は合併反対に尽力した島村を銀行に復帰するよう求めるが、島村は潔しとせず復帰は断るところで物語は終わる。

 何とも鮮やか。私も学生時代に本作品を読んで、会社にはこんなドラマがあるのかと希望を持ったもの。

*第一勧業銀行の合併劇を描いた作品。

 

 このように本作品の最後は明るく、主人公の決意も報われて前向きに終わるが、ここから銀行業界は流れを変える。頭取に復帰した井上は、財閥系ではない同じ規模の勧業銀行との合併を成し遂げ、1971年、第一勧業銀行を設立させる。そこではたすき掛け人事などの問題点はあったが、スケールメリットと支店網の効率化を行い、バブルの時代までは順調に進む。

 しかしバブル崩壊後に、まさに井上薫時代からの因縁があった「総会屋利益供与事件」が発覚、1997年、第一勧業銀行は東京地検特捜部によって家宅捜索が行われ、歴代の頭取が逮捕。そして井上の秘書役から出世した宮崎邦次元会長が自殺する事態まで追い込まれる

 そして2002年、日本興業銀行、富士銀行と第一勧業銀行の3行が合併してみずほ銀行となる。本作品の頃は銀行の合併話となると「血が騒ぐ」人が多かったが、金融ビックバン以降、合併話は珍しくなくなり、護送船団方式時代の名前が残る都市銀行はなくなってしまった。

 高杉良は本作品から始まり、第一勧業銀行の合併劇を描いた「大合併」(1989)、第一勧銀の利益供与事件を題材とした「金融腐蝕裂蹄―呪縛」(1998)、そしてみずほ銀行の誕生を描いた「銀行大統合」(2001)と、第一勧業銀行設立の前史から、その消滅まで半世紀に渡る銀行の盛衰を、作品を著すことで見届けることになった。そしてその筆は、時代を追うごとに段々と辛口になっている。