小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

2 あざやかな退任 高杉良 (電子機器製造:1979)

   角川文庫

 

【あらすじ】

 エレクトロニクスのパーツメーカーで業界No.1を位置する東京電子工業のワンマン社長石原修が急死した。社内外からは、長年に渡り石原を支えてきた、唯一の代表権を持つ宮本正男が後継と目されていた。

 だが筆頭株主の東亜電産社社長の佐竹は、専務として送り込んだ野村を社長に就任させ、東京電子工業の系列化を図るべく、強引な根回し工作を仕掛ける。そして新役員人事を決定する役員会が迫るなか、宮本は自社の独立を確保すべく、思い切った決断をする。

 

【感想】

 日本触媒化学工業社長の八谷泰造は、徒手空拳から石油化学の対規模なコンビナートを設立するなど、戦後の経済界を代表する経営者。当時日本有数の大企業であった富士製鉄(後の新日鉄)社長の永野重雄を相手に、面識もないのに直談判して出資を依頼するなどエピソードに事欠かず、高杉良は「炎の経営者」として八谷を描いた。病気を押して社業に励み、最後は社長室で壮絶な死を遂げる。

 本作品の会社「東京電子工業」のモデルはなく架空の話だが、物語は八谷社長が社長室で死を迎えた場面を借用した形で始まる。ワンマン社長の突然死で後継をどうするのか。長年腹心として使えた宮本副社長が衆目の一致する次期社長であり、自分でも社長に対して意欲がないわけではない。

 

 但しそうなると、自分の後に筆頭株主の東亜電産から送り込まれている専務の野村周造が将来社長に就く可能性が高くなる。東亜電産も直接野村を社長に就任させるよう、役員に多数派工作をするなど揺さぶりながら、技術力の高い東京電子工業を系列に置く動きを進めていくが、それだけは亡き社長の遺志に反するために阻止したい。急死した石原社長が可愛がっていた技術担当の芦田敏明常務はまだ若い。人事の「玉突き」によって、現在はともかく、将来に渡り禍根を残しかねない。

 この辺の事情を役員間のドロドロとした動きと、株主やメインバンクの思惑や視点を絡めながらも、宮本副社長の内心の動きを中心に描いている。自分の「欲」を正直に吐露しながらも、会社の将来のため、そして長年使えたワンマン社長の思いを汲んで、どのような決断が会社のため一番良いのかを考える。

 そして「あざやかな退任」を決断する。自分を犠牲にして、会社の将来の「悪い芽」を今のうちに摘んで若手のホープに後進を譲る決断は、その筆力もあり清々しい。また最後にメインバンク会長と東亜電産社長の「財界の大物2人」が顔を合わせて、新役員人事を呑ませようとする「会談」は、狐と狸の化かし合いのようで可笑しい。

 当時の経済界は、戦後生まれた会社の創業者や、公職追放などで上がいなくなってから社長になった経営者が長年会社を牛耳り、高齢化が進んでいた時代。ホンダの社長交代劇は希有な例で、「老害」が政界以上に問題となってきていた。そんな中で高杉良は、珍しくモデルのない本作品で、経済界の「モデル」になってもらいたい思いを込めて著したのだろうか。もしそうだとしたら、残念ながら本作品をモデルとした「あざやかな退任」劇はその後現れていないように思える。

 本作品を題材に、かなり昔にテレビドラマ化された作品を観た覚えがある(ネットで探したが、見つからなかった)が、そのドラマは、最後が原作と違っていた。心が揺れ動きながらも宮本副社長が「決断」を下したあと、夕陽が差し込む社長室で亡くなった社長の遺品を整理していたら、社長のメモが残されていた。そこ書かれていた次期経営陣案の「社長 宮本」を見た主人公が、何も語らず夕映えに照らされながら微笑むシーンは、本作品の幕切れに相応しかった。

 

*同じテーマを扱い、別の着地点を描いた作品です。