小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

1 虚構の城 高杉良 (石油化学:1976)

【あらすじ】

 大手石油会社、大和鉱油のエンジニア・田崎健治は、東大で応用化学を学び、画期的な「乾式排煙脱硫装置」を開発したエリートだったが、労働組合結成の相談を受けたことが発覚して左遷。移動先の調査課で、慣れない通産省通いを続ける身となる。

 そして家庭でも妻との不和が続き、偶然入った銀座の店のホステスに惹かれていく。社内での陰湿な扱い、そして「大家族主義」を標榜する会社の下での労働環境に疑問を感じた田崎は、全てをリセットして人生をやり直そうと考える。

 

【感想】

 高杉良のデビュー作で、当時は内部の「暴露小説」とも疑われた迫真に迫った作品。そしてカリスマ社長の下で悩み迷うミドルの立場を、家庭内での不協和音も重ねて描く手法は、「デビュー作には作家の全てが詰まっている」との言葉にピッタリとあて嵌まる作品になっている。

 大和鉱油のモデルとなった出光興産は、タイムカードなし、定年なし、労働組合なしと家族主義を標榜していたが、会社形態として不自然さは否めない。それを「非上場」とすることで防御していた。家族主義と言っても、それは戦前の民法における「家父長制」であり、家長の言うことは絶対服従を強いるものだった。

 そのため社内で労働組合の話をするのは、それだけでタブー。まだ戦後の労働争議や学園紛争なども記憶も新しい時代でもあり、経営者サイドではアレルギーが強かった。例えばおよそ10年後、ヤクルト球団プロ野球界に労働組合が結成された1985年は、親会社に組合がないことを理由に、加入を断っている(1989年に加盟している)。

 同じカリスマ社長を主人公とした「海賊とよばれた男」は、石油業界で世界に冠たる大手メジャーの圧力にも屈せず、直接石油輸入を取り組み成功させた創業者、出光佐三を「国士」として描いた。そのエネルギーと胆力は抜きん出ていて、大手メジャー(≒ロックフェラー財団)が支配する当時の状況下で、会社の危機を回避して成長させるのは余人では到底困難だったのは事実。その時に例えば労働組合が経営のチェック機能を果たしたら、果たして会社の姿がどうなっていたかは誰にもわからない。

*こちらも一時ブームになり、映画化もされました。

 

 主人公の田崎は、組合活動に理解を示したために上部から睨まれて、エンジニアとしての活躍の場を失われて、不慣れな接待や上司との付き合いを続けていくうちに段々と会社から心が離れていく。そしてエンジニアの実力を認めた外資系企業からスカウトの話があり、そこに応じることとなる。但し当時は終身雇用制の時代。会社から出るのにも苦労があり、入った(外資系の)会社でも、離職歴のために警戒されることになるのは驚きである

 経済小説は、同じ企業でも光の当て方によって様々な物語が生まれる。戦後の経済界で、日本を救ったとまで言われたカリスマと、1度でも「カリスマ」が行う経営方針に疑問を持っただけで転落していくミドルを比較してみるのも一考。これはどちらがいい、悪いの話ではなく、どちらにも「真実」がある。

 1981年、出光佐三死去。そして出光興産は2006年10月に上場する。なおタイムカードや定年制がなかった慣習は、上場に先立って廃止している。そして労働組合も現在活動している。

    出光佐三ウィキペディアより)

 

 初読の時に感じた、作品の幕の引き方が経済小説としての「純度」を下げていると思ったことは、出版社の事情もあって改稿された裏話があったようで納得。なお主人公が開発した「乾式排煙脱硫装置」は、小説を読んだ人からレクチャーを受けたいと高杉に申し入れがあったそうだが、これは高杉良の創作物というオチがある。

 このことも含めて、どこまでが真実でどこまでが「虚構」か。徹底的な取材と勉強で作りあげた「作家の全てが詰まっている」デビュー作になっている