小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

人生のピンチを救ってくれたアイツ

 

 今から30年ほど昔のお話です。

 実家から離れて初めての一人暮らし。最初は寂しさもありましたが、次第に楽しんで生活していました。ある日帰宅すると、玄関先にマルチーズの雑種と思われる犬が座っていました。ネコは好きでしたが、イヌは子供の時に隣家の猛犬に噛まれたトラウマがあり苦手で、イヌを避けて家に入ります。

 そうすると「アイツ」は庭先に回ってワンワンと吠え立てます。しょうがないと思い御飯の残りを「ネコまんま」のように差し出すと、喜んで食べました。そんなことで愛嬌たっぷりのアイツとの生活が始まります。

     

 

 散歩をすると、尻尾を振りながら、「エラそうに」いつも前を歩いて先導します。ちょっとイタズラして私がこっそりと角を曲がると、しばらくしてから気がついたのか、ワンワン吠えながら大急ぎで追いかけてきては、また前に出て尻尾を振って先導します。

 けれども自分の半分とない小さなイヌに会うと、キャン!と一声言われただけで、走り去って姿をくらまします。しばらくその場で待っていると、木陰からこっそり様子を見て「敵」がいないのかを確かめてから、また私の前を歩いていきます。

 

 ある時、突然深夜に背中が痛み始めました。今まで経験したことのない痛みで、段々と耐えられなくなります。一人暮らしなので自分で運転できる状態でなく、タクシーを呼ぶ時間でもない。けれども救急車を呼ぶと深夜に大騒ぎになりそうで、ウンウン唸りながら我慢していました。深夜でもあり会社の人に助けを求めるわけにもいかず、人生最大のピンチです。

 するとまっ暗な中ですが、カーテンのすき間からアイツが心配そうに覗いているのが見えました。苦しい中でアイツが見てくれたので慰めになりましたが、しばらくすると我慢できなくなり、結局救急車を呼ぶことにしました。

 時に午前3時すぎ。初めて救急車に乗り込み不安でしたが、救急車が動き出すとアイツがワンワンと鳴きながら、救急車をしばらく追いかけてくるのがわかりました。

     

 

 救急病院に運ばれ、痛みの原因は胆石とわかり、麻酔を打って取りあえず痛みが引いて帰宅しました。時に朝6時、玄関先でアイツが心配そうに待っていました。私は初めてアイツを家に入れて、一緒に眠ることにしました。

 

 それからは私が家に帰ると、すぐに家に入りたがるようになりました。風呂場に押し込めてシャンプーで洗っていると、油断をしたスキに逃げ出して、部屋中がシャンプーだらけになることも。また以前飼われて住んでいた場所(港にある事務所)もわかりましたが、アイツはそれでも我が家に居座ります。終いには会社へ出勤するときもついてきて(当時は30分ほど歩いて出勤していました)、裏口でずーと待っていて、仕事が終ると一緒に帰る生活が続きました。

 転勤族なので、別れがあるとはわかっていましたが、それでもできる限りはしようと思い、予防接種のために病院に連れて行こうとすると、嫌な思い出があるのか、車に乗ることは暴れて最後まで拒みました。

 そんな生活をして半年ほど経ったある日、アイツが突然姿を消しました。けっこう探しましたが見つけることはできず、いずれ別れなければならなかったと自分を納得させました。

 

 ところが休日のある日、「ワン」という声が聞こえたような感じがして外を見ると、隣の空き家の庭の木陰に隠れて、アイツの魂の抜け殻が横たわっている姿を発見しました。イヌは死期を悟ると、飼い主から離れてこっそりと命を終えると聞いたことがありました。

 けれども自分が人生最大のピンチの時に見守ってくれたのに、アイツが苦しい時になぜ私に頼ってくれなかったのか、そしてそんな苦しみをなぜ自分は察知できなかったのか、悔しくてたまりませんでした。予防接種をしなかったのが原因かと自分を責めて、強引にでも病院に連れていくべきだったとしばらく後悔しました。

 最後にアイツをペットの墓地に埋葬しました。転勤で離れるから余りお参りにできないだろうと思い、共同墓地を選びました。初めての一人暮らしをした時に突然現われて、人生のピンチを救ってくれて、そして半年ほどで去っていったアイツ。あれから30年経ちましたが、時たま「エラそうに」尻尾を振って、私の前を歩く姿を思い出します。

 

  *アイツが眠る共同墓地(開田院HPより)

 

今週のお題「人生最大のピンチ」