小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

12 虚業集団 清水 一行 (1968)

【あらすじ】

 戦後の混乱期に、銃殺刑になった男の名前を名乗ることになった上条健策。戸籍まで消えた彼は、書類上は存在しない人間だった。上条は自らを「硬派金融」と称して、日本経済の裏街道を突っ走っていた。

 その商売は金融業といっても月並みな高利貸のように金利を稼ぐことではなく、ターゲットとして狙った会社を、そっくり食ってしまうのを目的としていた。その組織は上条を中心に長年の腹心伊田を始め、一騎当千の経済犯罪のプロたちが集まる「知能集団」であった。

 

【感想】

 なんとも不気味な人物設定である。モデルとなった人物も、経歴も大半は不明として、いくつかの偽名を持つ主人公と同様に迫力のある人物らしい(佐高信経済小説のモデルたち」より)。

 そして本作品からおよそ40年後の2005年3月、西武鉄道利益供与事件で、土地の転売で利益を受けたとされる張本人として世間を賑わせる。この事件で堤義明会長は失脚し、芳賀(この事件では名は「龍臥」で報道される)とその秘書ら10人が商法違反で起訴されている。その時の芳賀の肩書は「総会屋」だった。

 また腹心の伊田は、現役東大生が営んだ「光クラブ」の生き残り、三木仙也がモデル。そして上条の配下には、手形のパクり屋、情報屋、導入屋、脅し屋、食い屋などといった専門の特技を持った者たちが集まっていた「知能集団」。

 

   *晩年に表に出てしまった(楽天ブックスより)

 

 そのやり方は「孫氏の兵法」。相手方に取り入って、まず優秀で将来邪魔になると思われる人材がいれば、噂を流して経営者を不安に陥れて排除する。そして無能な人物を重用させて味方に引き入れ、経営者にはいいことばかり耳に入れて「裸の王様」の状態にさせる。その裏で徹底的に「カタにはめて」会社の価値があるうちに倒産に追い込み、財産を他の債権者に先駆けて回収してしまう。

 このように、健全な1つの会社を「しゃぶりつくす」ためのプロセスを、本作品は克明に描いている。そのために主人公だけでなく、チーム上条の「劇団員」たちがそれぞれの役割を理解して、見事に演じ切る。時にはなだめ、時には脅しながらも相手の心を揺さぶり、そして相手の信用を得て入り込む。そして最後に上条が出す切り札「無期限融資」の罠は余りにも見事。しっかり「カタ」に嵌めた。

 余りにも見事なために、反動が恐ろしい。本作品のラストシーンは、1985年に起きた、豊田商事会長刺殺事件を余りにも類似しているとして、当時評判になった。金の地金を利用した、「現物まがい物商法」で被害総額2000億に達した。白昼の死角もそうだったが、フィクションをギリギリまで現実に詰めて描くと、どこかで現実が追いついてくる時は現れる。

   豊田商事の会長が刺殺された事件(毎日新聞

 

 そしてもう一つ。戦後の混乱期に生まれた現役東大生の天才・山崎晃嗣が起こした光クラブ事件が「白昼の死角」同様、絡んでくる。首謀者の山崎は服毒自殺したが、その残党が強力に変異したウィルスとなって、「虚業集団」として新たな詐欺を起こすことになる。同じように破綻した豊田商事の残党は、そのノウハウをしっかりと身に着けて、全国に派生して数々の詐欺事件を起こしたと聞いている。

 「凡人は模倣し、天才は盗む」(パブロ・ピカソ。それは絵画の世界でも、音楽の世界でも、そして「詐欺」の世界でも。天才は前の天才が作り上げた「作品」を自分のものにして、新たな「作品」を創造する。

 そして本作品はピカレスク小説の「傑作」として、賞味期限が短い経済小説の中で、現在に至るまでその価値は失われない。

 

nmukkun.hatenablog.com

*詐欺を扱う「双璧」の作品です。