小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

7 百戦百勝 ~働き一両、考え五両~ 城山 三郎 (1974)

【あらすじ】

 主人公の春山豆二。名前の通り「まめに生き、まめに働く。そうして豆を二つ蒔いて、いい方を育てるような頭の使い方をする」と教えられた人生を歩む。また父から教わった「働き一両、考え五両」の教えを実践しつつ、生まれついての利発さと大きな福耳から得た耳学問で、徐々に財を成してゆく。

 大物相場師が闊歩する中で相場に規則性を見出し、「売り」を得意として新しい情報を得て、派手な相場師たちに立ち向かい百戦百勝、ついには「相場の神様」と言われた男の人生を描く。

 

【感想】

 米相場は江戸時代の1730年、大阪堂場の米会所でスタートする。先物取引だが実際に米の受け渡しは少なく、米を媒介とした利益・損失の差額分をやり取りするスワップ的な要素が強かった。また当時の貨幣は金本位制と銀本位制が混在して、また米本位制の性格も有することから、穀物先物取引と共に通貨トレードの要素もあり、私の想像よりもかなり複雑で知恵がいるものだった(らしい)。

 現在に引き継がれている相場チャートやローソク足は、この頃の江戸時代において酒田の豪商、本間宗久が生み出したとされる。証券取引は第一次大戦後にようやく体裁が整う段階で、1939年に統制で廃止されるまで、米相場が相場師が活躍する中心だった。

 主人公春山豆二のモデル、山崎種二は1893年生まれ。丁稚奉公から始まり、20歳過ぎから徐々に米相場に手を出していく。米の豊作・不作を「福耳」を使ったまめな情報収集活動で判断して相場を張る。そして相場では「買い」が派手で目立つが、山崎は「売り」を中心で勝負する。

 物語では「売り」により米相場の安定をもたらし、主人公の性格にも合っていると描かれているが、「人の行く裏に道あり花の山」、情報を集めつつも反対の手を張り続け、そして大勝ちを目指すよりも小さな勝ちを続けることで「百戦百勝」を遂げる。その考えは「戦いは五分の勝利をもって上となし」と説いた武田信玄の兵法。

    *山崎種二(現代ビジネス)

 

 1936年の相場では、予想外の相場上昇により「売りの山種」も破滅寸前まで追い込まれたが、2・26事件で株式は大暴落。九死に一生を得て、1944年に山種証券を設立、そして戦後も「売りの山種」で成功を重ね、相場での大立者に成長する。

 そんな主人公だが、取り巻く女性の描き方がいい。まず丁稚時代から交流があったお安。倹約家で工夫家。金銭感覚も主人公と合っていたが、男女の関係には発展せず「生涯の友」としての関係を続ける。そして妻になる冬子。何不自由鳴く育った令嬢で、丁稚奉公した豆二とは「住む世界が違う」女性だが、憧れもあり娶ることになる。と言うか、冬子はよく豆二と結婚を決意したもの。

 冬子はおおらかな性格だが観察眼は鋭く、豆二が浮気したことがバレると追求はせずに、決まって大きな買い物をするのが可笑しい。なお実際の山崎種二夫人は、味の素の創業者の娘で、その男兄弟は8人いるが、ほぼ全員が会社の社長か学者、そして高級官僚になっていて、「日本一の秀才兄弟」と雑誌にも紹介されるほど有名な優秀な血筋である

 実直な相場師。そして成功をし続けた。1965年の証券不況では痛手も被ったが、それでも会社は生き残り、バブル景気前の1983年に死去。その後山種証券は吸収されてしまったが、山崎種二の唯一と言っていい趣味、「騙されないために、生きている画家」から買い付けると城山三郎から紹介された現代日本画の収集は、多くの素晴らしいコレクションを抱え、現在も山種美術館として残っている。

 その存在は「住む世界が違う」夫人を娶った山崎種二の、心の中にある「憧憬」が今でも息づいている証である気がしてならな

 

*こちらは同じ人物を描いて、2020年に上梓された作品です。