小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

8 凍える牙(女刑事・音道貴子シリーズ) 乃南 アサ (1996~)

【あらすじ】

 深夜のファミレスで客の男性の身体が突如発火、炎上し死亡するが、被害者の左足首には、犬に咬まれたような咬み痕が残されていた。助けを求めていたことから自殺の線は消されて、事件とみて捜査本部が設置される。機動捜査隊の刑事で32歳の音道貴子は中年刑事の滝沢と組むが、滝沢は女性蔑視を隠そうともせず、音道とのコンビが不満で辛く当たり、2人はかみ合わないまま捜査を進める。

 犬に咬み殺される事件は1件に留まらず相次いで起こる。そして捜査線上に浮かんだのは、一人の元動物訓練士と、訓練された「疾風(はやて)」と名付けられたウルフドックだった。

 

【感想】

 32才でバツイチ、長身美貌。そして仕事は有能だが性格は勝気で可愛げがない。そんな主人公の設定を、冒頭で疲れて1DKの自宅に帰り、出前は後が面倒なので1人では多いが宅配ピザを頼んでは残りの心配をして、缶ビールのプルトップを一人で開けている日常を切り取ることで表現している。

 コンビを組む滝沢は男性至上主義とも言える(当時の)警察内での典型として描かれている。ライバル意識むき出しでいがみ合っている2人が、お互いの実直を認め合って徐々に歩みより、やがては友情を感じていくストーリー。こう書くとありがちな話で終わるが、本作品はそれを陳腐には感じさせない筆力がある。

 それはそのまま音道貴子が男性社会である警察で働く上での障害と、それを女性として乗り越えなければならない現実を描いている。終盤で音道の趣味であり特技でもあるオートバイを利用して「犯人」を追跡し、女性を上から見ていた男性たちがサポートに回る設定は、音道が自分の能力を周囲に認めさせ、警察における自分の居場所を確保したことをうまく表している。

 

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*実は、本作品のストーリーはこちらの作品と勘違いしていました。同じく女性ライダーが登場します。

 

 そしてもう「1人」の主要登場人物である「疾風」。狼の血も受け継ぐ混血の犬で、その混血ゆえに従順さと凶暴さを兼ね備えた性格を持ち、元訓練士が娘を乱暴して廃人にした男たちへの復讐のために殺人犬に育て上げたもの。存在の特異性と共に「疾風」の凛々しさと美しさ、跳躍力と持久力、優れた嗅覚と賢さ、そして威厳。訓練士に育てられながらも孤高の存在として生き生きと描かれており、主人公も「疾風」を追いかけていくうちに、その存在に惹きつけられていく。

 「疾風」は最終目的地までたどり着き、麻酔銃で撃たれて捕獲される。役割を終えたことを理解した「疾風」は、囚われの身で生きることを潔しとしないように食事を取らず、最後まで誇り高い精神を持ち続けたまま「自死」する。

 いわゆる「男女雇用機会均等法」が1986年に施行されてから10年経過した時に発刊された作品。主人公は32才で、大学卒業後の就職ならば、ちょうどその1期生にあたる年齢。女性の社会進出を高らかに謳っても、実際に会社という男性社会の中で、先陣を切って乗り込んだ女性たちは、悩みながらも自分の「居場所」を探していた頃と重なる。そんな時代に男性社会の典型とも言える警察の中でもがく主人公の音道貴子は、自宅でのスイッチはオフになるが、仕事中は始終周囲を気にして油断せずに、姿勢を正し続けなくてはならなかったろう。そんな音道は、囚われの身を潔しとせず、孤高の姿勢を持ち続けている「疾風」を見て、感じるものが少なくなかったはず。同じ年に生れた「おとり捜査官」と比べると、女性から見た女性警察官の「立ち位置」が明らかに違っている。

 社会派と呼ばれた刑事物の小説は80年代に入り、テレビの2時間ドラマに合わせたような「旅情ミステリー」が全盛を迎える。90年代に入ると過激さが求められ、「西部警察」のようなバイオレンス(新宿鮫)、「必殺シリーズ」のような闇の稼業(症候群シリーズ)、そしてVシネマ(?:囮捜査官)などに派生した。

 しかしここで本作品が生まれた。1996年の直木賞受賞作品で、パトリシア・コーンウェルの「検屍官」から遅れること6年。この作品のあと「凜とした」女性を主人公とする警察小説が1つの潮流となっていく。

 

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