小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

3 砂の器 松本 清張 (1964)

【あらすじ】

 国電蒲田操車場内で、男の殺害死体が発見された。聞き込みによると、前夜に近くのバーで被害者と連れの客が話していたことが判明、被害者のほうは東北訛りのズーズー弁で話し、「カメダ」の名前を話題にしていたという。

 その後被害者は「三木謙一」と判明し、被害書のの養子は岡山県在住で東北とは縁もゆかりもない様子。今西は困惑するが、実は島根県出雲地方は東北地方と似た方言を使用する地域であることを知り、島根県の地図から「亀嵩」の駅名を発見する。今西は亀嵩近辺に足を運ぶが、被害者が好人物であった情報ばかりで、殺害されるような手がかりは得られないように思われた。

 続いて第2・第3の殺人が発生し、事件の謎は深まっていくが、長い探索の末に、本浦秀夫にたどり着く。秀夫は石川県の寒村に生まれたが父・千代吉がハンセン病にかかったためやがて村を追われ、やむなく父と巡礼(お遍路)姿で放浪の旅を続けていた。秀夫が7歳のときに父子は、島根県亀嵩に到達し、当地駐在の善良な巡査・三木謙一に保護されていた。

 

【感想】

 「飢餓海峡」の翌年発刊された本作品は、二卵性双生児のような軌跡を描き、そして「双璧」として共に圧倒的な存在感を放っている。

 刑事が事件を追って「筋読み」をするが、地道な捜査によって1つ1つが消えていく。それでもかすかな手がかりを頼りに、東京から秋田県羽後亀田島根県亀嵩山梨県勝沼、石川県の山中温泉、そして名古屋と丹念に「足を棒にして」捜査を進める、「刑事物」ミステリーの頂点のような作品。

 もうひとつのテーマが「ハンセン病」。最近になって「ようやく」名誉回復が行われ治療法も確立したが、本作品が刊行された時点でも差別的な偏見が残っていた時代。また犯人が子供の頃放浪していた時代は昭和10年代を設定していて、差別意識がかなり強かった頃を描いている。

*こちらの映画は、古典的名作と言えます。

 

 あらすじでは書き入れなかったが、「若手芸術家集団 ”ヌーボー・グループ”」の設定も面白い。アメリカで発生したカウンターカルチャーの影響を受けたと思われるが、既成の社会に対して背を向けるポーズの裏腹で、誰もが強い自己顕示欲を持ち、その集団を踏み台にして立身出世を求める姿が描かれている。

 その中でも特に自己顕示欲が強い音楽家の和賀英良。自分のスタイル、”ヌーボー・グループ”内での地位、そしてもう間もなく「立身出世」が叶うと思われる段階では、自分の余りにも悲惨な過去は絶対に明かされてはならない。

 今まで無理に無理を重ねてきて、ようやく今の地位までたどり着いたものが一瞬にして崩れ去る恐怖。「飢餓海峡」と同じく、被害者は全く悪くない「親切な」人物なのだが、犯人からするとその親切がかえって仇になる。その原因となる犯人の「影」の過去。それは戦争であり、貧困であり、学歴であり、様々な差別が要因となる

 そこから抜け出すのは、まだ階級意識が残る当時の日本人には、ハードルが高かった。そこで「無理に無理を重ねる」ことによって歪が生まれ、数少ない人はそのハードルをクリアできるが、多くの人は飛び越えることに失敗してしまう。

 松本清張はそんな社会の矛盾点を正面からとらえ、その問題点を容赦なく暴き立て、書き続けた。そして社会派として全盛を極めたが、本人はそんなレッテルに興味はなく、まるで一心不乱に彫刻をする棟方志功のように「書きたいものを書く」気持ちに尽きていたように思える。

 そして経済成長、「一億総中流化」となって社会の矛盾点は「うっすらと」覆い隠され、「社会派ミステリー」は一旦衰退の流れとなった。だが近年になり松本清張作品が見直されてきている。その背景を考えると、諸手を挙げて喜ぶべきことではない

*ドラマでは、中居正広が主人公を見事に演じています。