小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

5 曙光の街(倉島警部補シリーズ) 今野 敏 (2005~)

【あらすじ】

 日本でKGBの諜報活動をしていたヴィクトル・タケオビッチ・オキタは、ソ連崩壊後にKGBを解雇され、その日暮らしの中にあった。そこに日本のヤクザ組長を殺す仕事が舞い込む。その組長のそばで守るのは元プロ野球選手だが、故あって極道に身をやつしている兵藤猛。そしてヴィクトルを追うことになるのは、警視庁公安部外事一課所属の倉島達夫。ノンキャリアの警部補だが、公安捜査に抜擢されるも今一つ公安業務に情熱を注げない日々が続いている。

 捜査を進めるうちに日ソ時代の秘密が発覚されて、倉島は元KGBの暗殺者と命を懸けて対峙することになる。倉島はその命を削る対決の中で自分の奥底にある「公安」の使命が覚醒されていく。そして他の二人もプロとしての目標を見いだしし、再び生きる意味を探し当てる。

 

【感想】

 「公安捜査官シリーズ」とも言える連作のスタートを飾る作品。刑事物の作品から見ると気味の悪く秘密主義で、悪役的な役割になる公安捜査官だが、主人公の倉島は当初は今一つ有能とは言えない、事なかれ主義的の人物設定となっているのが興味深い。

 相手はKGBで防諜活動をしていたヴィクトル。彼もソ連の崩壊で失意のどん底にあったが、日本での仕事を受けることで過去の情熱が甦ってくる。暴力団に「落ちた」元プロ野球選手の兵頭も交えた、暗殺者ヴィクトルを中心に命を懸けた真剣なやり取りを重ねることによって、次第にお互いに奥底に眠っていた潜在的な力が引き出されてくる様子を描いている。この点は作者のもう一つの顔である空手家が、ライバルとの闘いでお互いを高め合う姿にも呼応する。自身の中に眠る力を引き出すために、暗殺者との対峙が不自然でない「公安」を舞台に選ぶ必要があったのだろう。

 続く第2作「白夜街道」では、舞台をロシアに移してヴィクトルと対峙しつつ、ロシアの闇社会を描くことになる。倉島から見ればヴィクトルにいいようにやられた感じだが、不思議な連帯感も醸し出し、結果オーライな形に収まる。第3作「凍土の密約」でも倉島とヴィクトルとの対決は続き、作品の焦点はヴィクトルから徐々に倉島へとシフトしていく。倉島には「元KGBの暗殺者と互角に渡り合った」評判が独り歩きして、その名に恥じないように意識する倉島は自問自答しながらも着実に成長していき、「公安のエース」の登竜門である「ゼロ」の研修に推薦される。

*こちらで主人公はヴィクトルから倉島へと大きく舵を切りました。

 

 「ゼロ」の研修から戻った倉島は第4作「アクティブメジャーズ」で、上司の公安総務課長から先輩捜査官であるエース級の葉山昇の身辺調査を命じられ、二人の部下を従えて「公安作業」を進める立場になる。「ロシア畑」といえる倉島はロシア大使館に勤める諜報インから情報を収集し、部下二人の情報と意見に助けられながらも任務を遂行していく。

 第5作「防諜捜査」では公安捜査員のエースに抜擢され、独自の判断で作業を任されることになる。すぐには結果が出ないプレッシャーと戦いながらも焦らない「胆力」を今までの経験で身につけている。同僚や上の階級者との軋轢に耐えながらも目的を失わずに進んでいく。そんな倉島を部下も信頼と見事な連携で支えていく。

 ところが第6作「ロータスコンフィデンシャルでは、順調に出世してきた倉島の「慢心」がテーマとなり、初心に戻って自分のミスを取り返そうとする。

 地位は人を作る。最初は少々頼りない、事なかれ主義の倉島が、暗殺者ヴィクトルと渡り合ったことで成長し、自分の思わぬところで周囲から一目置かれる立場になる。その期待に応えるうちに、徐々に自分の器が大きくなっていく。そして「公安」のエースへ。公安を舞台にした一人の人間の見事な成長物語になっている。

 なおKGBなど、旧ソビエト時代の残存が残る1~3作は、KGB出身の大統領が牛耳る現在のロシア情勢を鑑みると意味深長。

*最新作のテーマは主人公の慢心と挽回。まさに成長物語。