小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

【コラム】 国家の弁証学

1 ロシアの「弁証学」

 平和ボケの頭になると、テレビを見てはその薄い内容に文句を言って、コメンテーターに対してはこの前言った内容と違うだろうと突っ込んで、まるでマスク警察のように世の中の矛盾は些細な物も許さない、偏狭的な思考に陥ることがあります。特にコロナ禍の世情で様々なものが制約されて、そのウサを晴らしたい方々も多いのではないでしょうか。私もそんな1人です。

 

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*こんな自らの怒りもブログで発散させていました。

 

 しかし最近になってひとたび視野を世界に広げると、そんなことはまだまだ可愛いものと痛感させられます。ロシアのウクライナ侵攻は世界中で非難轟々となっていますが、当のロシアは全く恥じることもなく「フェイクニュース」と一言で片付け、悲惨な被害画像も「ウクライナ側のねつ造という証拠を持っている」と言い切る姿勢には驚かせます。

 

2 国連人権理事会からの資格停止決議

 4月7日、国連総会はウクライナ情勢をめぐる緊急特別会合で、国連人権理事会におけるロシアの理事国としての資格を停止する決議案を採択しました。賛成93カ国、反対はロシアを筆頭に中国、北朝鮮など24カ国、棄権はインドやブラジルなど58カ国。

 国際連合人権理事会とは、国連下部機関の1つで、加盟国の人権を見直すことで国際社会の人権状況を改善しつつ、人権侵害を早急に対処するため設けられた機関です。

 今回の決議案に対してロシアのクズミン国連次席大使は決議の採決後、「人権理は、日和見主義的な目標を達成するために仕組みを悪用する国家集団で占められている」と主張し、「人権の保護と促進に対するロシアの責任は、こうした国際機構の一員にとどまることを許さない」と言って、離脱を表明しました。

 

 

3 その“正義”とやらは、お前たちだけの正義じゃないのか?(ゴルゴ13より)

 現在進行している戦争。それは砲弾と銃弾が飛び交い、建物は壊れ、人々が逃げ惑いそして屍をさらす戦場。戦争を知らない私たちが目の当たりにする「民間人が巻き込まれた戦場」は余りにも切なく、そして衝撃的なものです。その責任者であり、軍隊を指揮している国家中枢の政治家が停戦合意や国際連合など公の場で、全く人ごとのように言い放つ姿には、かなりの奇異に感じます。

 これはロシアや他の国だけではなく日本も同じ歴史を辿っています。戦前に国際連盟満州国の建国を認められなかった際、外務大臣松岡洋右は以下のような演説をして、国際連盟から退場します。

 

「諸君! 日本はまさに十字架にかけられようとしているのだ。しかし我々は信ずる。かたくかたく信ずる。わずかに数年ならずして、世界の世論は変わるであろう。しかしてナザレのイエスがついに世界に理解されたごとく、我々もまた、世界によって理解されるであろう」

 

 第二次世界大戦の反省の1つとして、国家が全てを凌駕することに一定の制約を掛けて、個々の自由と権利を取り戻す動きがありました。ところが21世紀になって大きな「反動」が起きています。

 

4 国家への「盲信」のツケ

 「国家の論理」は、自国の正当性を押し通します。そのために政府の役人は自らの主義主張は押し殺しても、その役割を果たさなくてはなりません。これもまた外国だけでなく日本の「忖度」で最近何度も見た姿に通じます。

 一般的に組織というものは、時に個々を推し潰します。国家に限らす会社でも、時に支配者が強い磁力をそのラインに与えることで、人間を「ポスト」という非人格的な役割に変えて、組織の存続を未来永劫に繋げようと自己増殖を始めます。

 前のブログで引用しました司馬遼太郎坂の上の雲」から再び引用しますが、主人公秋山好古の言葉として、以下のように語っています。ちなみに「ロシア帝国」はソビエト前の国家で、似ていますが今のロシアとは異なります。

 

 ロシア帝国というのは、外交ひとつにしてもうそが多くて、何をしでかすか得体(えたい)の知れぬ国であるが、しかしロシア人はその国家とはまったくちがった好人物だけである(文庫本第3巻131頁)。

 現代のロシアの主張も、戦前に松岡洋右が演説した内容も、到底多くの人に受け入れられるものではありませんが、発言した当事者からすると大真面目の「正義」です。戦場となったウクライナの悲劇は言うまでもありませんが、ロシアの国民にも、そして世界の様々な場所でも、個々の意見を自由に表明することで自由の、そして命の危険に晒される「悲劇」が存在しています。

 絶対主義国家から帝国、そして民主化へと進み、人類は学習し進化して、国家の役割が軽減したと全世界が錯覚していました。現在この常識が「盲信」に過ぎなかったことを、痛感させられています。この動きが「自己増殖」して、世界の津々浦々にまで広がることを危惧します

 

 

 なお先日(下記)のコラムで、ゼレンスキ一大統領を、コメディアン出身として大統領選で当選した「ポピュリズム衆愚政治)の象徴」と評して、「海千山千プーチンの相手としてはいかにも役不足」と記しました。

 しかし自分の役割を、そして自分の意見を伝えるにはどうすれば効果的かを考えて演じている姿は、下手な「プロ」の政治家よりもプーチンに対抗するのに相応しく感じています。

 

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