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【あらすじ】
北陸金沢市の名士・青澤家を襲った大量毒殺事件。乾杯の音頭の直後にもがき苦しみ始め、家族・親族や近所の住人も合せて17名が死亡、約20年前に起こった「帝銀事件」と比較される大事件となった。そして現場には「ユージニア」という意味不明の言葉が出てくる1通の手紙が残されていた。
犯人の自殺で幕が閉じたと思われたこの事件は、現場に居合わせた当時子供だった雑賀満喜子が、大学の卒論用に取材したデータを元に書籍化し、「忘れられた祝祭」と題してベストセラーとなった。その本がきっかけで新たな人物が雑賀満喜子、事件の生き残りで当時少女だった盲目の青澤緋紗子、真犯人を直感で感じとった刑事など、関係者を回り証言を集めて、事件の真相に迫ろうとする。
【感想】
「三月は深き紅の淵を」.「麦の海に沈む果実」など、不思議な世界観を描く恩田陸の作品。あらすじは殺伐としているが、本作品は独特の雰囲気で読み手の焦点を絞らせず、ミステリーにおける予定調和を拒否した作品。題名の由来は、子供の友人2人が住む静かな国としてイメージされた「ユージニア」。
事件を遡って調査をし、ベストセラーを書き上げた雑賀満喜子。反響の大きさと事件の重さから、それ以上深入りせずに、現在は普通の主婦として生活している。そこへ同じ事件を調査する人物が現れる。様々な人からの情報と「忘れられた祝祭」の内容で、シルクスクリーンのように1色(1章)ずつ刷っては重ね、事件もしくは「青澤緋紗子」を浮き上がらせていく。
*鮮やかな「青」が印象的な兼六園内の成巽閣にある「群青の間」の天井(毎日新聞より)
1章ずつ重ねる描き方は、宮部みゆきの「理由」や貫井徳郎の「愚行録」などと重なる。但し決定的な「残り1色」が足りない。その手前で作者はあえて「青」を刷る作業を止めている。その色は青が紺か、ウルトラマリンブルーかわからない。作者自らが結論を明かさない作品を描いたと言っているので、読み手がそれぞれの立場で想像するしかない。
その中で、「青い祈りの部屋」の描写は非常に印象深い。兼六園内の成巽閣(せいそんかく)にある「群青の間」を作者自身も取材を重ねたという。私自身も見学したことがあるが、和風の部屋にも関わらず、人工的な印象を与えるウルトラマリンブルーの色調は、虚と実の間を縫う本作品の世界観に大きな影響を与えている。そして青澤緋紗子が来ていた紺のワンピース。それは「喪服のように見えて、一種壮絶な美しさを醸し出していた」。虚と実の間を縫う存在の青澤緋紗子を象徴している。
真実に近づくことを怖れさせる存在。例えば麻耶雄嵩の「夏と冬の奏鳴曲」に登場する真宮和音と、東野圭吾の「白夜行」の主人公、桐原亮司を重ねたような存在。刑事はその職業柄で「犯人」を感じ、雑賀満喜子は彼女が持つ特性から、真実を知ってはいけないと察知する。そして満喜子は、忘れられていた事実が重なり真実に到達した時、離れて近づかなかった金沢に戻り、兼六園で、突然の死を迎えることになる。
*こちらは茶屋街にある「群青の間」(ひがし茶屋街文化館より)
本作品は1年前に上梓された米澤穂信の「ボトルネック」と雰囲気が重なる。こちらも同じ金沢を舞台にしていて(米澤穂信は金沢大学文学部出身)、パラレルワールドに入り込んだ主人公が、現実の世界との違いを見つけながら、その真実を探す物語。金沢という舞台とその作品が持つ「浮遊感」は、全く違うストーリーだが「個人的には」2つの作品を重ねてしまう。
ミステリーの約束事という、小説の持つ「重力」の力を幾分か抜いて、文章だけでなく「活字」にも浮遊感を持たせた。「匙加減」が絶妙な、謎が謎のまま残る、後に引く作品となっている。
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*金沢を舞台とした、こちらも「浮遊感」溢れる作品。1つ前の投稿でも取り上げましたが、直木賞作家も様々なジャンルの作品を上梓しています。