小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

6 狐罠 北村 鴻 (1997)

【あらすじ】

 店舗や事務所を持たず、市場で仕入れた品物を同業者や顧客に転売し利鞘を得る旗師「冬狐堂」を名乗る宇佐美陶子は、同業者の橘薫堂から贋作の「唐様切子紺碧碗」を掴まされる。プロの目も欺く「目利き殺し」の一品と橘薫堂の手口に、陶子はまんまと騙された。

 陶子は自分の矜持を守るため、橘薫堂に「目利き殺し」を返そうと企む。陶子は凄腕の贋作家に作品を依頼し、着実に計画を進めていく。橘薫堂を陥れる仕掛けは整ったかのように見えたが、その陰ではまた別の陰謀が動いていた。橘薫堂に勤める外商担当の田倉俊子が何者かに殺害されたのだ。

 

【感想】

 「蓮丈那智フィールドファイル」に登場した宇佐美陶子が主役のスピンオフ物語だが、元のシリーズに増して面白いので困る(笑)。古書ならば「写楽殺人事件」や「ビブリア古書堂の事件手帖」にも描かれているが、骨董の世界を描くのは珍しい。「開運!なんでも鑑定団」(1994年~)を見るまでもなく、騙すか騙されるかの世界。そして分野は全く異なるが、孤高のプロの女性が罠に陥るストーリーとスピンオフ作品、そして「狐」から「公安捜査官 柳原明日香 『女狐』」が見事に重なる。

*こちらの「本編」も名作です。その中でもこちらが一押し。

*そしてこちらは、ジャンルは違うが「骨格」が驚くほど似た物語。

 

 生き馬の目を抜く骨董の世界。その中でも「旗師」はプロを相手に渡り歩くため、騙されると鑑識眼がないの評価になり、その後の仕事に差し支える、素人ではまずは入り込めない世界。そんな世界を、知識がない人が読んでも興味深く感じるように、丁寧に描いている。

 そんな「世知辛い」業界を描いているために、登場人物も魑魅魍魎の世界。ライバルは橘秀曳。橘薫堂店主で骨董界の大物だが、悟りを開くことは決してない邪(よこしま)な性格で、異名は「銀座の強欲狸」。とても地上の者とは思えない「ラスボス」(「写楽殺人事件」もそんなキャラいましたね)。その「ラスボス」に協力する細野慎一は元大英帝国ケミカルラボ専門技官としてトップクラスの鑑定技術を有し、橘のパートナーとして国立博物館に入り込む。そして鄭富健は極東保険美術監査部調査員。陶子が橘薫堂から買った唐様切子紺碧碗を見て、橘の悪行手口を教え、仕返しをするように仕向ける。

 対する陶子側は、まず元夫のプロフェッサーD。イギリスから日本に帰化した「リカちゃん人形」の研究家という設定で、離婚しても協力関係を続けている。潮見老人は全国でも指折りの古民具再生屋だか、贋作製作を裏稼業としている。横尾硝子は美術専門のカメラマンで陶子の盟友。陶器とガラスで「割れ物コンビ」(笑。このような「プロ」たちが、世知辛い業界の中で陰謀を繰り広げる。

 「旗師」の矜持を守り、今後も仕事を続けるためにも、陶子は潮見老人と組んで橘に対し「目利き殺し」を返そうと企む。その罠は素人でもわかるように描写されているが、細野と鄭富健が仕掛けた罠は更に手が込んでいる。目的が陶子だけではなく「その奥」に蠢くものを炙り出すために、陶子の性格を読み切って操る

 陶子が仕掛けた「狐罠」は、実は完全に相手の思う壺だったため、陶子は更に衝撃を受けることになる。そして最後に浮かべる陶子の笑みが印象深い・・・・ 骨董の話が面白すぎて、田倉俊子が殺害される事件は正直どこかに吹っ飛んでしまった(死者に対し、衷心からお悔やみ申し上げます)。

 本作品が好評だったのか、陶子を主人公とした続編「狐闇」が5年後発刊される。本作品では「孤高の旗師」だったのが、成長してしなやかに生きていく姿を見せている。

 そして作者北村鴻は2010年、48歳の若さで死去。その独特の世界観は、年齢を重ねるごとに深みを増すと思われただけに、非常に残念。

*宇佐美陶子が主人公の続篇。さらに強く、さらにしなやかに。