小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

【コラム】 プーチン大統領が描く「天下三分の計」

 私が海外ミステリー20選で取り上げるか迷った候補、フレデリック・フォーサイス作「イコン」(1996)。

 

【あらすじ】

 ソビエト共産主義体制が崩壊して市民に自由がもたらされたが、マフィアが暗躍、政治家は腐敗し、治安は悪化する。国民は帝政ロシア時代のツアー (皇帝)あるいはレーニンスターリンといった強力な指導者、崇拝対象となる「イコン」を必要としていた。

 コマロフ率いる「愛国勢力同盟」は、母なるロシアの荒廃を嘆き、ふたたび世界に冠たる国家を目指そうと、国民の支持を集めるようになる。ところがその裏で、ユダヤ人やグルジア人、チェチェン人を殲滅させ、軍の強化を目論み、暗躍するマフィアも愛国勢力同盟の資金源のみ残し、残る団体を壊滅させる、といったナチス顔負けの計画を企てていた。

 その計画が偶然、西側に漏れてしまう。信ぴょう性を疑うCIAは関与をしない判断をするが、イギリスの情報局秘密情報部元長官のアーヴィン卿はこの情報を重視し、「合法的に」2000年の選挙で愛国勢力同盟を敗北に至らしめるように、かつてCIAの腕利きスパイだったジェイスン・モンクに白羽の矢を立てる。モンクはロシアに侵入し、命がけの妨害工作を行い、愛国勢力同盟の実態を市民に晒して、その組織を崩壊させる。

 

 2000年からロシアの大統領に就任したウラジミール・プーチンは、ロシア自由化のシンボル、エリツィンから抜擢されて中央政界に登場したKGB出身の政治家。その手腕は「KGBの腕は長い」逸話の通り、敵に回すと手強いが、味方にするとこれ以上頼りになる人物はいない。

  大統領就任後、不況や貧富の差の拡大、非合法組織の暗躍などで市民の安全が脅かされる中、治安を安定させる。また外交でも、日本を始め各国首脳に様々な「ブラフ」を使い、利益を受けながらも決して自分から譲歩はしない姿勢で、「崩壊した大国」の国民のプライドを回復させて、絶大なる支持を受ける。

 ところが政権が長期化するに従い、選挙介入や政敵の排除などが露骨に行なわれ、自らの地位を強固なものにして20年以上トツプの座に君臨する。ロシアを甦らせたプーチンは「独裁者」を越えて、まさしく新たな「イコン」になろうとしている

 

 対してウクライナのウオロディミル・ゼレンスキ一大統領は、コメディアンとして出演したドラマよろしく、40人を超える乱立した大統領選で当選した人物。決選投票では現職のポロシェンコ大統領から経験不足を指摘されるも「失敗した経験がない」と反論して勝ち抜いた、ポピュリズム衆愚政治)の象徴と見なされる人物である。ポピュリズムを否定するつもりはないが、「海千山千」プーチンの相手としてはいかにも役不足で対象的。

 

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*私が選んだフォーサイスの作品も、テーマはウクライナの独立でした。

 

 私が先に取り上げたフオーサイスの「悪魔の選択」でも、主題はソビエト連邦におけるウクライナ地区の独立になっている。東西冷戦時代で東側諸国と呼ばれた各国が、ソビエト崩壊とともに独立してNATO (北大西洋条約機構)に加盟したため、ロシア国境が直接西側陣営と接することになる。ロシア「帝国」を目指すプーチンからすると、ウクライナを「緩衝材」とする地政学的な重要度が増していく

 2014年に起きたクリミア併合から更に推し進めた今回のプーチンの決断。ミンクス合意と呼ばれたドイツ・フランスを伸介とした合意事項が破棄されたとするプーチン大統領は、得意の柔道の「摺り足」よろしく、新たな「既成事実」を積み重ねていく。そしてロシア人はその行為を支持せざるを得ない。なにしろ民主的な選挙は既に存在せず、政敵はKGBよろしく「葬り去られて」しまうのだから。

 

 軍車侵攻は「絶対に」良くない。しかしミンクス合意を実質破棄して、明らかにロシアを「仮想敵国」としてきたNATO側も問題がないとはいえない。ウクライナ国内にもロシア語を母国語とする人口層の違いなど、色彩が分かれている地域がある。そこをNATOウクライナ政府はきちんと理解した上で合意を決め、そして履行してきたのか。今までこの問題に正面から立ち向かうことを避けてきた「ツケ」が回ってきたのではないのか。

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*同じ国内でも、言語の使用率は大きく異なり、生活・文化、そして思想にも影響します。

 

 東西冷戦の時代が終わり、宗教を軸にした対立がひと段落した後にプーチン大統領が描く 「天下三分の計」。それは新しい三国志の世界。

  「魏」と「蜀」が争う間に、「呉」が介入を避けつつ「漁夫の利」を狙おうとしている。ロシアと同じく多選によって「皇帝」への道を歩もうとする習近平主席。国民に捧げる切り札は台湾や尖閣諸島、そしてシルクロードに延びる一帯一路の地域全般か。

 対して民主主義を標榜する「西側陣営」が打てる手は、今になってはかなり限られる。その中で完全な勝利を得るためには、外交や経済制裁では通用しない。「露」と「中」を分断できるか、もしくは「中」をアメリカ側に引き寄せることができるか。

 しかしプーチンは「国家での参加が認められていないにも関わらず」外交ボイコットを行ったアメリカ等を尻目に、北京オリンピックの開会式に参加するなどして、先々を見据えて手を打っている。そして中国もそれに応じ、今度は西側陣営が孤立するという最悪の事態が現実味を帯びてきた。

 

  「蜀」と「呉」が同盟して「魏」と戦う「赤壁の戦い」がこれから待っているのかキューバ危機では「にらめっこ」にソビエト側が先に目をつぶったが、今回は米露の役者が違うように思われる。今回またクリミア併合のように譲歩しても、何年か先、「多選」が認められた「ロシアのイコン」がまた同じ手を繰り返す。それとも「命知らず」の男が現れて、ロシアのプーチン帝国を内部から崩壊させることができるのか。

 但しその人物は、決してアメリカの「前」大統領であってはならない。