小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

6 太陽黒点 山田 風太郎 (1963)

【あらすじ】

 昭和30年代後半の東京。才気に満ちた美貌の苦学生・鏑木明はアルバイト先の屋敷で社長令嬢・多賀恵美子と出会い、偶然にも特権階級への足掛かりを手にする。ところが令嬢・恵美子の天衣無縫な性格と行動に翻弄される内に惨めな気持ちになっていく。献身的だが平凡な恋人・容子を捨て、仕事場からは借金をするようになり生活は荒れていく。そして金持ち連中への復讐を企て始める。

 「誰カガ罰セラレネバナラヌ」

 この言葉によって物語は進み、そして予想外の結末が訪れる。

 

【感想】

 高度経済成長のさなか。「もはや戦後ではない」が、貧富の差がまだ激しい時代。そして自身の青春を戦争で失った世代と、「戦争を知らない子供たち」が共存していた時代。そんな時代「だけ」が、そして「明治断頭台」や「妖異金瓶梅」などの作品を生み出した山田風太郎「だけ」が、こんな本を生み出すことができる。それは横溝正史の「獄門島」のように、時代の要請が生み出したものとしか思えない。

 本作品の素晴らしさは最終章で起きる物語の「反転力」。これに匹敵するのはカーの「火刑法廷」か、やはり(やはり?)クリスティーのミステリーには収まらない傑作「春にして君を離れ」くらいか。

 

nmukkun.hatenablog.com

 

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*最終章で物語が強烈に反転する「大御所2人」の傑作。

 

 あらすじでは何が何だかわからない物語。そしてこれ以上何を書いても「ネタバレ」になる作品。何を書こうかと思って気がついたのは、たとえネタバレで書いても、本作品の面白さを伝えられないこと。ミステリーとは大抵そういうものだが、本作品は特にそうで、文庫本で286ページの全てを読まないと意味をなさない。そこで私の頭に思い浮かんだ「空想」、戦争が巻き起こす戦略と戦術についてを記す。

 まず思ったのは、フレデリック・フォーサイスの名作「イコン」。ソビエト崩壊後のロシアに出現した救世主が、実はファシスト主義でナチスの再来を思わせるような存在であることに気づき、イギリス元MI6の「スパイ・マイスター」がその野望を阻止するために使った手段。優秀なスパイをリクルートした上で、「緩やかな包囲網」を巡らして徐々に相手の活動に支障をきたすように仕向ける。そして最後には破滅に追い込む、いかにもイギリス人が好みそうな思考法。

 そして妄想は飛ぶ。そのイギリスが「やらかした」三枚舌外交。第一次世界大戦中にオスマン帝国の勢力を削ぎ落そうと、アラブ・ユダヤ・フランスとそれぞれに甘口で誘い、現在まで続く世界情勢の混乱を招いてしまった。外交とは相手があり、何事も思い通りにはいかない。

*母国イギリスの「三枚舌外交」で裏切られ、愛するアラブから追われた主人公を描く。

 

 主人公が読んでいた「ビスマルクから世界大戦まで」は、ドイツ外交の見事な手腕を描いているようだが、疑問もある。まずビスマルクは「鉄血宰相」であったこと。外交も力を背景にしないと効力は発揮しない。イギリスの三枚舌外交も、大英帝国の全盛期ならばこれほどの混乱に至らなかったはず。

 第2はその効果。ドイツ外交が日露戦争を招く一端と書かれているが、そのドイツや日本はどのような結末に至ったか。対戦は油断を生み、次戦の敗戦を招く。武田信玄の名言「戦いは五分の勝利をもって上となし、七分と中となし、十分をもって下となる。・・・十分はおごりを生ず」に通じる。

*本作品の「指南書」と言える作品です。

 

 本作品でも触れているが、昭和の日本軍隊は「図上演習」で100戦100勝だったという。客観的なデータでは敗戦になる戦闘が、精神力や「予想外の事態」が起きて日本軍は必ず勝利する結末になったという。「昭和16年夏の敗戦」は隠蔽される。これでは演習でなく、現実逃避である。

 ・・・・と、本作品を読んだ人でもなんだかわからない感想になってしまったが、物語が「反転」した後でいろいろな妄想が頭の中を巡る作品。ミステリーの枠に収まらないノワールであり、そしてある意味「純粋な」青春小説でもある

*元東京都知事が著した「既に決まっていた」敗戦の物語。