小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

消えてしまった私の実家

今週のお題「わたしの実家」

 

 私の実家は私が1歳のときに両親が建てたものです。それまでは両親がアパートを転々としていましたが、当時東京の水道事情や空気事情、そして日照も悪い場所が多かったため、兄に次いで弟の私が生れた時期に子供たちを育てる環境を考え、父がかなり背伸びして横浜の郊外に家を求めたそうです。

 そのため私の一番古い記憶は「実家」。当時は木造平家建で、のちに子供部屋として2階を「建て増し」(この言葉も最近は見なくなりました)して、私が30歳手前になるまで生活を続けました。

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 今まで書いてきた、私が読んだ本の大半は「実家」で読んだもの。そのため読書の感想とともに、居間や寝室、そして書棚の光景も一緒に記憶に刷り込まれています。父は自分で敷地の囲いにブロック塀を建て、また駐車場も自ら作り、母は本当に小さな庭に自分の好きな植物を植え、手入れをするのが趣味となっていました。

 私が大学を卒業して、就職して転勤族となり実家から離れてしまいました。それでも残された両親や兄が住み、たまに帰省していたものです。

 ところが母が病気で入院生活となり、最後の外泊許可で実家に戻ってきたときに、慈しむように庭の手入れをして、病院に戻るときに「戻りたくない」とつぶやいたのを今でも思い出します。そして母が亡くなると、見る見る内に庭は荒れて、誰も手を入れない状態になりました。

 その後父も病気になり、長い入院生活と、施設での生活が始まります。入院、手術してから亡くなるまで5年間、結局家に帰ることはできず、そのときから家に住むのは兄だけになりました。ところが兄は掃除など全くできず、だんだんと「ゴミ屋敷」となって行きます。たまに私が帰って掃除しても同じ事の繰り返しで、終いには全く開けない雨戸にはツタが絡まり、垣根は道を邪魔して、近所の迷惑にもなっていきます。私もたまに実家に帰っても、泊まるどころか、中に入るのもためらうばかりの状態になりました。

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 そして父も亡くなりました。家を出てから30年以上経っている私は、実家の相続は兄に譲り、実家を任せました。そうしたらわずか3年後に兄から連絡が来て「実家を売ることに決めたから」と言われました。金銭的な点を考えた挙げ句の決断を伝えられ、30年近く前から家を出て、家の相続も放棄した私は拒否することはできず、その決断を単に「聞き入れる」立場にすぎません。

 昨年6月、コロナで延期されていた実家の売却が行なわれ、50年以上そこに住んでいた兄もアパートに引っ越ししました。

 昭和1ケタ生まれの父は、小学校を卒業するとそのまま地元で仕事をして、戦後になると、このままではいけないと思い、片道の運賃のお金を握りしめて東京に出ます。怒られたり騙されたりしながら、転職を繰り返し散々苦労しながらも、徐々に技術を身につけて仕事も安定させました。そして子供たちのためにと、職場から多少離れても、空気の綺麗な場所に家を買い求めました。親戚に頭を下げて借金をして建てることができ、そして石油ショック前に借金を片付けることができて、幾分恵まれた形になりました。

 そんな口下手な父も、年を取るとよく「人生で嬉しかったのは、お前たちが生まれたことを除くと、自分の家を持てたことだ」と言っていました。

 家で生活をしていくと、様々な思い出とともに、月日も重ねていきます。建物はだんだんと朽ちていき、やがてその役割を終えていきますが、家の思い出は生活した人たちに残っていきます。田舎や町中で最近よく見かける、誰も住む人がいなくて残されている家を見ながら、そのようなことを感じます。

 そこに生活した人にとって家の思い出は、例え建物が無くなっても、亡くなった家族の思い出と同じように、残された者の心にいつまでも残り続けます。

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