「少年探偵団」のイメージが強かった江戸川乱歩だが、この本を何気なく買って俄然のめり込んだ。魅惑な謎を論理的に解決する構成は、現代のミステリーとしても充分通用する内容。そして怪奇趣味に踏み出す様子も見られる、初期の作品をまとめた傑作集。
【二銭銅貨】
煙草屋で受け取ったお釣りにあった奇妙な二銭銅貨。その中からところどころ欠けた「南無阿弥陀仏」と書かれた紙片を見つけた。泥棒が隠した金のありかを示す暗号と考えた青年は、友人と推理合戦を始め、解いた謎の答えは・・・
処女作で江戸川乱歩の名前の由来となったポーの「黄金虫」へのオマージュを込めて、かつ最後はどんでん返しが待っている。2人の青年の呑気な、そして脱力感の残る作風は当時の雰囲気も感じられる。また最後の「オチ」は清涼院流水の小説を思い出させる。
【心理試験】
苦学生の二人は、近所の因業な金貸しから金を奪う計画を立てるが、抵抗に会い金貸しを殺してしまう。慌てて逃げ出したが、まず共犯者が、そして主犯も逮捕された。主犯は心理試験の問答を予想して学習したため躊躇なく回答し、警察は共犯者の単独犯だと考える。
しかし明智小五郎は違和感を持ち、主犯に対して取り調べをするが、容疑者は流れるような口調で答える。そこで最後に明智が問うた質問は、刑事コロンボの「逆トリック」のように見事で、コロンボの約半世紀前に行った先駆的な構成。【D坂の殺人事件】は名探偵明智小五郎の初登場する作品。明智小五郎の華麗な推理を合わせて楽しめる。
【人間椅子】
作家の妻が大きな椅子に座っている。そこに手紙がくる。その内容は、妻の座る椅子に入っているという人間の告白。不気味な内容だが二通目の手紙では、現在作っている小説と明かされる。
明かされた後でも不気味な印象が残り、「イヤミス」の元祖とも言え、また【屋根裏の散歩者】とともに現代のストーカーを予見したかのような作品にもなっている。そして狭い空間に閉じこもるのは【鏡地獄】も同じだが、こちらは読み手の想像力を、否が応でも掻き立てる。
*画像は余りにも過激で掲載できません。
【赤い部屋】
秘密クラブ「赤い部屋」。絶対に外部に漏らさない条件で、人には話せない秘密を話すクラブ。新人のA氏の話しは自身が繰り返し起こした殺人の内容。そこへ現れたメイドを拳銃で撃つA氏。メンバーは驚くが、実はこれは空砲だった。笑いながら拳銃をメイドに渡して撃つように誘うと、今度はA氏が打たれて胸には血の痕が広がる。閉じられた部屋でのマジック。こちらはレッドフォートの「スティング」か。
【二廃人】
夢遊病の男は寝ている間に人の物を盗む癖がある。そのたびに友人と返しに行っていたが、男の下宿先の大家である老人が殺害され、金が盗まれる事件が起きる。その男は自首したが夢遊病という事で無罪になった。そしてこの事件を境に夢遊病はウソのように治まる。しかし罪の意識にからか隠れるように生きてきたという。だがその男は本当に夢遊病だったのか? こちらは「コンゲーム」の仕込みを連想。
【芋虫】
乱歩が「苦痛と快楽の惨劇を書きたかった」と解説した作品。戦争で両手両足を失い、聞くことも話すこともできず、食欲と性欲しかない夫と、それを弄ぶ妻。倒錯した感情を持つに至った妻と、自分では何もできない夫の間に起こる悲劇を描く。後に展開する怪奇趣味、官能趣味の源流のような作品。