小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

18 天空の蜂 (1995)

【あらすじ】

 綿重工業航空機事業本部の開発者、湯原と山下は海上自衛隊に収める予定の最新鋭の超大型特殊ヘリコプター「ビックB」の試験飛行の日に家族を連れてきた。しかし目を離した隙に、湯原と山下の息子たちが忍び込んでしまい、突然そのビックBが、山下の息子・恵太を載せたまま飛び立ってしまった。

 無人操縦でビックBが向かった先は、高速増殖原型炉の原子力発電所・新陽だった。新陽の真上でビックBがホバリング状態に入ったとき、『新陽以外の現在稼働中の原子力発電所をすべて使用不能にしろ。さもなくば、ビックBを新陽に墜落させる』という「天空の蜂」を名乗る犯人からの脅迫文が届いた。

 犯人の要求に屈すれば、今後の原子力発電開発に大きな障害となることは明らかであった。しかし、逆に犯人の要求に応じなければ、ビックBは原子力発電所に墜落し、子供の命を犠牲にすることになる。

 

【感想】

 まず本作品が発刊された年を再度確認して欲しい。あらすじの後段は2011年以後の記載に見える。

 東野圭吾が「レッド・オクトーバーを追え!」を意識して作ったという「異色作」だが、テロリストが科学技術を利用して脅迫する壮大なストーリーとして、1995年は偶然真保裕一作「ホワイトアウト」が上梓、そして福井晴敏作「亡国のイージス」は1999年に刊行と、立て続けに大型パニック作品が発表されている。特に本作品と「ホワイトアウト」が同じ年に上梓されたのは興味深いが、当時は「ホワイトアウト」に注目され、すぐに映画化し、日本映画復興のシンボルとさえ言われた。対して本作品は東野圭吾いわく「まるで無反応でしたね」。当時原発の危機を描くには「各方面で」支障があったと思われる。

 

 テーマは東野圭吾「らしくない」面が多い。原子力発電と自衛隊所属の特殊ヘリという、専門技術が凝縮されている主題を扱っているのはある意味「らしい」が、ミステリーよりも、破滅と背中合わせのパニック作品となっている。但し豊富な知識の裏付けがディテールとなって描かれているため、機械のグリースの臭いや、ヘリのホバリングの音が紙面から感じるような臨場感を出している。

 こんな作品の主題(テーマ)を「乱暴に」3つに分ける。第1は子供の救出。「ビッグB」に乗り込んでしまった子供を救出するための犯人側との交渉と、高度1000メートルでの、父による子供の緊迫した救出作戦は迫力満点。またここで描いた親子の絆は、もう一つの親子を描く伏線にもなってくる。

 第2は犯人の捜査。この点はミステリー作家としての本領発揮で、パニック状況と並行して捜査陣が犯人に迫る状況も見事に描いている。テロリストの犯行に見える事件だが、ヘリと原発に詳細な知識がないと立案・実行できない点とその動機にも説得力を持たせた犯人像としている。

 第3は原子力発電の危機回避。ヘリ開発者、原子力発電、そして自衛隊の操縦者など専門家が集まって「ビッグB」が原発に激突するのを回避するために奮闘する姿も臨場感溢れる描写になっている。まさに東野圭吾「らしくない」作品。初読の時はこの路線もアリ、と思ったが、以降途絶しているのが残念。ただ、2007年に発刊された「パラドックス13」ではパニック小説の雰囲気が出ている。

 発刊時は恵まれなかった本作品だが、原発の封印が解かれた後になって再評価され、20年後に映画化される。20年という時間が経過したため、エンディングでは原作にはない「趣向」を描くことができた。大抵は原作を改変するとイメージが悪くなるが、この映画に限って、改変を認める気持ちになった。