小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

14 むかし僕が死んだ家 (1994)

【あらすじ】

 「私」は高校2年生時の同窓会で、7年前に別れた元恋人・沙也加に出会った。沙也加は4年前に結婚していたが、この日彼女と言葉を交わすことはなかった。ところがその1週間後に、沙也加から電話がかかる。彼女は1年前に亡くなった父の形見である真鍮の鍵と地図を「私」に見せ、その地図の場所に一緒に行って欲しいと頼む。彼女には幼い頃の記憶が全くなく、その場所に秘密があるのではないかと考えていた。そして沙也加の父は、その場所を死ぬまで娘には秘密にしていた。

 「私」と沙也加はその場所を訪れた。そこにある建物は、まるで23年前から時が止まったままのようであった。この別荘らしき建物を調べていくうちに、沙也加の記憶が徐々に呼び覚まされていく。

 

【感想】

 本作品は初読の印象が余り記憶になかった。しかし東野圭吾は「隠れた自信作」と語っている。「隠れた」はわかるが(?)「自信作」はわからない。ならば再読するしかない。

 再読しての感想は、まず初読の頃の私には合わなかっただろうなあと思った。「私」と沙也加、30歳手前と思われる若い男女の会話で物語は進んでいく。まるで脚本のような文章を読んでいると、2人の絶妙な距離感と、水道も電気もガスも通っていない、セットのような「家」を舞台としていることもあり、中堅の実力派俳優が演じている2人芝居を見ているかのよう。新たな事件が発生するわけでなく、よくあるミステリーの起伏は感じられない。しかしそこから謎が生まれ、解明していくその完成度は見事。これは「隠れなき」名作。

 無機質で不思議な構造をした家。そして使われないのは数年間の様子だが、残された日記は23年前のもの。日記の記述と家の構造や調度品などから、徐々に沙也加の記憶が刺激されていくが、それがなかなか繋がらない。「私」は見事な観察眼と、エラリー・クイーンのような分析能力を発揮して、調度品や日記に記述してある意味を洗い出し、クイーン作品の手掛りを利用して、この家の謎を解く。

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 ここで「私」にジレンマが生まれる。沙也加より一歩先に頭の中で到達する真相は、果たして沙也加が知るべきものだろうか。本来ならば沙也加の意志でこの家に来て、彼女の失われた記憶を呼び覚ましそうとしたものであり、「私」が介在するものではないはず。しかし沙也加との微妙な距離感が、「私」を隠蔽に走らせてしまう。

 そこで「私」の過去も説明される。中学になって知った、実の親が別にいる事実。その後は親子を「演じていた」自分を、沙也加と照らし合わせる。2人とも社会から疎外された「同志」であることをわかり合い、求め合い、そして沙也加は社会に向き合う決意をして別れを決意する。その後沙也加は家庭を持ったが、その疎外感は結婚してからも付きまとうことになる。その疎外感の原因が「むかし『彼女』が死んだ家」で解き明かされる。

 ところが「私」はまだ現実に向き合えないでいる。養父母を「父親だった」「母親だった」と過去形で表現する気持ち。そして親子を演じてきた自分の人生を、生活してきた家に封印してきた「私」を、「家を訪ねることによって」封印された過酷な運命が覚醒された沙也加と対照的に描いている。最後に沙也加は「本来の」名前を記して手紙を送る。対して受け取る「私」は名前を最後まで明かさない

 「変身」は自分の記憶が他に浸食されることを恐れ、最後には自己を抹殺することで決着をつけた。本作品では最後に沙也加は少女の自分とその後の自分の違いを理解した上で、現在の自分で生きる決断をする。「秘密」で登場する女性も、沙也加と同じ決断をする。