小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

13 分身 (1993)

【あらすじ】

 函館生れで札幌の大学に通う18歳の氏家鞠子は、医学部教授の1人っ子として育った。しかし子供の頃から「母親に愛されていないのでは」という疑問を抱く。そして鞠子が中学1年の時に母が一家心中を図り、母だけが亡くなっていた。なぜ母は一家心中を図ったのか?その秘密を探るために東京に赴く。

 一方東京育ちで20歳の小林双葉は、アマチュアバンドでテレビ出演というビックチャンスがやって来るが、なぜか母からは猛反対される。しかし母の反対を押し切り、二葉はテレビ出演を果たす。その後母は轢き逃げ事故に会い死亡する。母の死の原因を探るために、北海道に向かう。

 

【感想】~トリック・犯人はありませんが、未読の方は興を削ぐネタバレになっています。

 「宿命」「変身」に続く、東野圭吾「先端医学3部作」と言える作品。主人公の1人が「双葉」なのが象徴的。双子の話と思うが、年齢も違うし母親も違う。そして題名が「分身」、これはもう「アレ」だろうと考える。

 今回取り扱うのはクローン技術。植物の世界では昔から一般的(!)だったそうだが(「挿し木」もクローンの一種という)、動物では当初受精卵に細胞核を移植する方法に限られて1980年代にはカエルやヒツジで研究されていたが、世間を騒がせた、哺乳類で始めて体細胞によるクローン羊「ドリー」の誕生は1996年のこと(ウィキペディアより)。

 本作品では、自分のルーツ探し、そして自分の「分身」探しがテーマになる。まずなぜこのような事態が発生したのか。鞠子の父親である氏家清の出身大学である東京と、氏家清が現在住んでいる北海道にカギがある。そのカギを求めて鞠子は東京へ、双葉は北海道へとすれ違う。遭遇しそうでなかなか会えない2人を、読み手に焦らしながら描くのは、もう東野圭吾の名人芸。まるで反物質が衝突して消滅するのを恐れるかのようにすれ違う2人

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 そして2人の出生の秘密。それは2人の女性の願いと、1人の研究者の「エゴ」から生まれている。氏家清の大学時代のサークル仲間の女性が、夫の難病から体外受精を考えて氏家清に相談をする。氏家清は研究を進めているクローン技術を、「夫婦には告げないまま」用いて生成に成功する。

 助手の小林志保が母体になることを志願して着床に成功するが、お腹の子供を自分で育てたい気持ちが抑えられなくなり、研究施設を脱走して東京で「双葉」を産む。そして氏家清は、サークルで憧れだった女性のクローン生成が手元にある気持ちが抑えられず、もう1人のクローンによる子を産みだし、「鞠子」として我が子として育てる。

 そんな情報を聞きつけて、クローン技術を利用しようとする組織も暗躍し、クローンの成功例である鞠子も巻き込まれていく。鞠子はかろうじて脱出して、ラベンダー畑でついに双葉が邂逅する。その最低限の言葉しか発しない場面は、文庫本の表紙に描かれている印象派の絵画のような、ファンタジーに溢れ、読み手のイマジネーションが広がる描写。それまでの暗いトーンが一掃される鮮やかさが感じられる屈指の名場面になっている

 「先端医療3部作」はどれも医療倫理学、そして人間の尊厳をテーマに捉え、読者に考えさせる。そのための勉強はかなりな労力を費やしたと思う。急がば廻れ。この勉強の糧が東野圭吾独自の発想を生み出し、その後の名作を生み出す「母体」となっていく。

*こちらの映像化は主演長澤まさみ