小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

12 美しき凶器 (1992)

【あらすじ】

 安生拓馬(元重量挙げ選手:現アスレチッククラブ経営者)、丹羽潤也(元陸上短距離選手:現陸上部監督)、佐倉翔子(元体操選手:現スポーツキャスター)そして日浦有介(元ハードル選手:現スポーツライター)は、かつて世界的に活躍したスポーツ選手だったが、その栄光はドーピングに依存したものだった。彼らはその秘密を隠し通し、過去の栄光の遺産でそれぞれが確固たる地位を築いていた。

 しかしかつて彼らと同じようにドーピングで活躍した小笠原が自殺したことで風向きが変わる。自殺の原因は、ドーピングによる後遺症だった。彼らは過去が暴かれるのを恐れ、ドーピングの指導者であった千堂之則が持つデータを消去するために彼の屋敷に忍び込む。ところが仙道は監視カメラで彼らが侵入するのを見て、銃を持って待ち構える。抵抗された勢いで佐倉翔子は誤って仙道を殺害してしまう。殺人に至ってしまい、証拠隠滅のため屋敷に火を放つが、その様子を監視カメラで見ている目があった。

 

【感想】

 スポーツ界のドーピング問題。1989年に発刊された「鳥人計画」でも、スポーツ界の行き過ぎた科学の利用とその副作用を描いたが、本作品では更に強烈な形で読者に訴えた。スポーツ選手をドーピングで一流にしてきた「先生」仙道は、過去のデータを利用して、身体能力だけでなく、精神的にも強靭である一方、仙道には従順な「アスリート」を作り上げた。その「アスリート」は、推定190センチ、異常に長い手足、そして褐色の肌の外国人女性。東野圭吾は陸上女子100メートル選手のフローレンス・グリフィス=ジョイナーを見て想像したそうだが(それはそれでちょっと・・・・)、その姿かたちから「タランチェラ(毒蜘蛛)」と名付けられた。 

 

 「タランチェラ」が仙道の復讐をするための行動はとにかく凄まじい。どんな障害も類まれな身体能力と「マシーン」のような冷徹さで目的を完遂しようとする姿は、「ターミネーター」、そして「ジョーズ」や「ジェラシックパーク」のように「迫りくる恐怖」を描いている(いずれも人間ではない)。天井にへばりついて標的を襲う姿は、想像するだけで不気味な「蜘蛛」そのもの。  

 狙われるが側も黙ってはいない。それぞれが腕に覚えのあるアスリート。策を巡らして待ち構えて、「タランチェラ」と戦うが、人間離れ(文字通り)した能力を持つタランチェラの攻撃能力は人間の予想を超えて、思いがけない攻撃でやられてしまう。これでは冒険活劇の世界である。

 但し、こんなストーリーでも恐ろしいことに最後に「ヒューマニズム」と「どんでん返し」を用意しているのはさすが東野圭吾。抜群のスピード感で読み手を最後まで引っ張って、予想する余裕を与えないまま「急転直下の着地」になだれ込んだ

 先端医学で人間の倫理を問いかけた東野圭吾は、スポーツ界でも立て続けに問題提起をした。そこで繰り広げられる悲劇。但しその悲劇の一端を担う研究者や医師に対して「直接は」非難は向けていない。今回「先生」はかつての「ドナー」に殺害されてしまうように、選手と同様振り回される側の人間として描かれている。

 戦争によって医学や産業は進歩するように、スポーツ界でも名誉とビックビジネスが絡む過激な競争が、医学やスポーツ製品の技術を進歩させる。少しでも良い結果を求める選手たちの渇望。そんなスポーツ選手と同じように医師や研究者は名誉と好奇心を追い求める。そしてそれぞれの運命が巻き込まれていく。

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