小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

10 変身 (1991)

【あらすじ】

 成瀬純一は絵を描くのが好きな、実直な青年。そんな彼がある日、事件に巻き込まれる。拳銃を持った強盗が押し入ってきて、少女を助けるために頭部に銃弾を受ける。成瀬は脳の一部に致命的な損傷を受けたが、世界初の成人脳移植手術が行われ、命が救われた。成瀬は順調に回復していったが、徐々に手術以前と自分の性格、趣味嗜好が替わっていることに気付く。ちょっとこことでイライラして、すぐに暴力行為を起こすようになる。原因を解明しようとドナーを捜すが、ドナーと思われた人物は自分の性格に近い印象で、自分が以前と変わっている原因はドナーではないと思われた。そして以前から付き合っていた恋人にも愛情を感じなくなり、別れてしまう。

そしてあることをきっかけに、ドナーは別の人間ではないかと思い始める。そしてドナーの人格が自分の人格を浸食していくのではないかという疑惑が湧き上がる。

 

【感想】

 脳医学を研究していたせいであろうか、「宿命」とは別にこのような作品を作り上げた。実際に脳移植をしても人格が侵食されるとは思えないが、「ブラックジャック」にありそうなストーリーを、東野圭吾らしく味付けをして、深く考えさせる作品を提示してきた。初読の時はけっこう胸に「ズシン」と来たことを覚えている。以前に述べたコンピューターの話もそうだが、先端技術は一般凡人の理解の及ばないところで進行するため、その成果だけを見せられると、比較する対象がない一般人は不安が先行する。

 本作品の読みどころは、自分の人格が失っていくと感じる恐怖。おとなしかった青年が、堪え性がなくなり、すぐに感情を爆発させる様子。以前は一緒にいるだけで楽しかった恋人の存在が、鬱陶しく思い別の女性に興味を持つようになる感情。絵を描くのが好きだったのに、以前は興味がなかった音楽に惹かれる趣味。その原因が脳移植と考えたら、そして「自分」とは何かを突き詰めて考えるとどうなるのか。

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 そして多重人格の問題にも考えは及ぶ。自己の中に「もう一人の自分」がいて、それが自分の意志に関わらず犯罪に手を染める。それを東野圭吾は自分なりの論拠を持って、多重人格やシリアルキラーの「新しい発生類型」を、犯罪者側から描くことに挑戦した。

 侵食してくる人格は、一番憎むべき、自分を拳銃で撃った犯人という衝撃的な事実。奇跡的にドナーが一致したとは言え、犯人と被害者間の移植は、倫理的にもどうなのかと思わせる。

 最後の悲劇は東野圭吾らしい、東野圭吾でしか「書けない」物語。一度は別れた昔の恋人、恵が戻ってくる。恵によって絵のインスピレーションが以前の自分に戻る成瀬。しかしもう一人の人格が恋人を殺害しようとする。ところが元々の自分の人格が蘇る。自分の人格が判断するのは、皮肉なことにもう一人の人格を「抹殺」することだった。

 恋人、恵は植物人間になった成瀬を献身的に介護して、短い生涯の最後まで共に過ごすことになる。恵は成瀬が描いた絵を売って延命費として使ったが、成瀬が最後に描いた、自分の姿を描いた1枚は手元に残した。

 先に書いた「ブラックジャック」。その作品の中に「二つの愛」という名作がある。運命に翻弄された男性に献身的に尽くす恋人の想い。最後のシーンはその作品を思い出した。 

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*こちらの映像は主演は神木隆之介です。