小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

9 宿命 (1990)

【あらすじ】

 和倉勇作と瓜生晃彦は初めて出会った時からお互いが気になる相手だった。学生時代はライバルとして過ごした二人だったが、警官と医者という別の道に進み、その後会うことはなくなっていた。

 10年後、刑事となった勇作は、瓜生の父が死んだ後を継いだUR電産の社長が殺害される事件が起きる。凶器は瓜生の父の遺品であったボウガンの矢。派閥の争いの関係もあって、息子の晃彦も深く関わっていて勇作は捜査を進めるが、晃彦の妻は勇作の初恋の女性、美佐子だった。そして殺人事件をきっかけに勇作の子供の頃の思い出がよみがえり、その「宿命」が浮かび上がる。

 

【感想】

 殺人事件は装飾のような感じで、本作品の肝は別にある。勇作の子供の頃の思い出とは、近所のレンガ病院という脳患者を専門とする病院に入院している、サナエという知能が幼児並の大人の女性に会いに行く日課。サナエは子供に対してはとても優しく、よく病院の庭で遊んでいたが、ある日サナエは病院の窓から落下し死んでしまう。これが1つの伏線。

 もう1つの伏線は勇作の初恋の人、美佐子。美佐子の父は仕事の中の事故で脳震盪を起こした時、脳を研究する特殊な病院に転院し治療することになる。それは勇作が子供のころよく通っていたレンガ病院のこと。父親は無事退院したが、何故か前の仕事先ではなくもっと条件の良いUR電産の関連会社に転職することになる。その後美佐子もUR電産を受けたところ、他の会社は落ちたのにUR電産からは内定をもらうことになる。入社してすぐ社長付きの事務を担当し、その縁で社長の息子の晃彦と出会い結婚することになる。その人生を振り返り、美佐子は「あたしの人生は・・・見えない糸に操られているのよ」と語る。この言葉は最後まで本作品を覆うことになる。

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 レンガ病院、正式名称は「国立諏訪療養所」。第二次大戦中に作られた、脳の戦傷者を専門とする病院で、院長は「実験材料の宝庫」と言って、人体実験を繰り返して画期的な研究を残す。戦争は武器とともに医学にも研究材料を与え、医学の進歩に寄与する矛盾がある。本作品が発刊された10年前に騒動が持ち上がった「悪魔の飽食」(日本軍の731部隊による人体実験を作家森村誠一が描いたもの。この真偽について論争が起こり、森村は特に右翼から激しい攻撃を受けた)を連想させる。そして否が応でも重ねてしまうのが、本作品の2年後に発刊された京極夏彦の「魍魎の匣」に、強い存在感を有して出現する匣のような外観を持った「美馬坂近代醫學研究所」。

 このレンガ病院での出来事が、主人公をはじめとする登場人物たちの運命を「見えない糸で操る」。それを最後までもっていくストーリーの展開は見事。最後の1行に向かって、登場人物が巻き込まれる「宿命」を緻密に計算し尽くして描いた作品となり、ミステリーの範疇では収まらない「東野作品」を生み出した

 そしてこれは今後の方向性の1つも示した。サイエンス部門、特に脳科学の知識をストーリーに活かし、それまでの「本格推理」の束縛から逃れ、自分の発想の翼を自由自在に広げることになる。

 本作品のラストは見事で、作者のしてやったりの顔が思い浮かぶ。 

 そして本作品に遅れること10年有余、海の向こうで、「希代のストーリーテラー」と呼ばれた人物が、本作品と「瓜2つ」の作品を発表する。

*こちらの映像化は主演、藤木直人