小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

4 11文字の殺人 (1987)

【あらすじ】

 「気が小さいのさ」あたしが覚えている彼・川津雅之の最後の言葉だ。彼は最近「狙われている」と怯えていた。そして彼は「無人島より殺意をこめて」という、差出人不明の11文字からなる手紙を受け取っていた。女流推理作家の「あたし」は、編集者の萩尾冬子とともに真相を追う。しかし「あたし」は度重なる脅迫を受け、その真相を追う行動が引き金となるように、彼とつながる人が次々殺されていく。

果たして彼に送られた手紙は、どのような意味を持っているのか。

 

【感想】

 「学生3部作」を発表した東野圭吾、当時の趨勢であった密室やトリックを入れた「ハウダニット」を意識した作品を作り続けたが、本作品では大きく舵を切った。ちなみにこれは社員教育で受けた講座の設定とほとんど同じようで、東野圭吾の意見が皆と違って悔しい思いをしたことが発想となっている。

 まず主人公の設定が全く異なる。推理作家という職業を持った女性。年齢は30歳くらいでバツイチの経歴。数々の脅迫にも屈せず、恋人が殺された原因が捜査する芯の強い女性。社会とのつながりが希薄な男性や、秘密を抱えながら事件に巻き込まれる女性を描いてきた従来の作品からガラリと変化を加えた。そんな「あたし」の一人称で物語は進めていく。

 「あたし」に協力する編集者・萩尾冬子も自立した「キャリアウーマン(現代では死語か?)」。外見は「英国婦人」のように隙のない身だしなみ。「あたし」と同じ年齢でもあり、プライベートでも親密。「あたし」の恋人川津は紀行文などを発表するフリーライターだが、長身で冬子も認めるいい男。川津は元々冬子と付き合っていたが「あたし」に紹介したもの。って、これではクリスティーの名作を重ねてしまう。

 但しそこは東野圭吾。そんな簡単な罠は仕掛けない。

 続いて動機を物語の中心に据えた。それまでも動機にはこだわった作品を作ってきたが、今回はかなり問題のある動機を、東野圭吾は読者に提示してきた。

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 無人島で起きた痛ましい事件。そこでは遭難したクルーズ船で一人の男が遭難し命の危機にさらされた。助けを求める恋人。そこで水泳の得意なある人物がある条件をその恋人に突きつけて、命がけで男を助ける。助けたあとの「報酬」を求める男に対し、助けられた男は「逆ギレ」して殺してしまう。

 現代社会における「カルネアデスの板」。もしくは肉1ポンドを要求したベニスの商人シャイロックに通じる問題。命をかけた男が求めた「報酬」は、人間の尊厳を踏みにじるものと言える。その報酬を同意したのは事実だが、緊急避難的な状況であっても果たして有効なのか

 多くの読者は「否」と答えるだろう。そこで東野圭吾は重ねて問うた。過去の痛ましい事件を原因として起きた今回の連続殺人。その犯人の「思い」(ここは「動機」ではない)に共感できるのか。やはり「否」と答える読み手が大多数のはず。例えば「放課後」の犯人の動機について疑問を持つ人がいるように。

 そんな疑問を、「わたし」という強い意志を持った女性推理作家を主人公にして、東野圭吾は問わせた。殺人事件を「考案」するのが仕事で、自立した強い女性はこのような動機をどうとらえるのか。最後はこんな文章で終わっている。

 でも、これからのことはどうでもいい。覚悟ができていることなのだ。明日何が起こるにせよーーとにかく今は眠りたい。

 

*この作品もご多分に漏れず映像化されました(主演:永作博美