小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

【コラム】 矢野財務次官が「バラマキ合戦」にモノ言う

1 「心あるモノ言う犬」

 先日、官界のトップと言える矢野康治財務事務次官が、「最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、もうじっと黙っているわけにはいかない」として、財政危機の状況を文藝春秋に寄稿しました。有名な「後藤田五訓」を持ち出して、意見を言うべきは言い、決定したら従うという公務員の原則を踏まえた上で、自らを「心あるモノ言う犬」として発言しています。

 国と地方の債務を併せて1166兆円。先進国でずば抜けて大きな借金を抱えている中、財政赤字を膨らませる話ばかりが飛び交っている現状を憂いています。そしてタイタニック号を例えに出して、氷山に向かって突進しているようなもので、「このままでは日本は沈没してしまいます」と訴えています。

 自民党はこの発言に猛反発しています。自民党高市早苗政調会長はテレビ番組で「基礎的な財政収支にこだわって、本当に困っている方を助けない」とバッサリ。選挙後には更迭する発言も出ています。

 確かに「頭上を通り越して」文藝春秋というマスメディアに投稿した手法は、公務員としてどうかと思われます。但し寄稿の中で、管前総理に対して意見をしたが、「お叱り」を受けた事実を書いています。    

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    *矢野康治財務事務次官

 

2 「モノ言う」背景

 10月31日に衆議院選挙が行なわれます。そして今回はその前に自民党の総裁選挙も行なわれ、国政に直結する選挙が続けて行なわれます。その間候補者や各政党は、有権者に自分の主張を訴えていますが、国民に苦境を強いるような話は「絶対に」しません。

 中でも驚いたのは、自民党総裁選の党主催の討論会で、司会が候補者に「子どもに関する予算や家族関係支出を倍増すべきか」と Yes-No 形式で質問したこと。総裁=総理を決める選挙で、予算に対して具体的な政策も目的も問わず、また数値を出さずにただ「予算を倍増すべきか」という質問そのものが大変ショックでした。政権与党の自民党でさえこの意識です。

 そして衆議院選挙でも「景気のいい」話ばかり。個別の公約は並べませんが、国民に給付を行ない、消費税は凍結・減額するような主張が並んでいます。各党ともそれなりの根拠はあるのでしょうが、財政についての話は見当たりません。

 矢野康治財務事務次官は、この風潮を見越して、財政及び日本の将来を懸念する寄稿をせざるを得なかった気持ちだったのでしょう。

 

3 国家財政の実態

 

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 *公債残高の累増推移(令和3年度予算政府案/令和2年12月 財務省主計局)より

 

 上の図が国債残高の推移を表わしています。財政赤字国債で補填します。普通国債本来は認められてはいませんが、国会の承認によって「例外的に」認められています。オイルショックなどから発生した国債はバブルの崩壊で増加。その後小泉内閣で発生は抑えられますが、東日本大震災で再度右肩上がりとなり、昨年からのコロナ禍における対策で更に増加する傾向が見られ、ついに1000兆円を越えようかという勢いになっています。

 20世紀から、自民党は財政の均衡化をめざします。一般消費税、そして売上税導入には失敗し、竹下内閣で政権と引き換えの形でやっと、平成元年に消費税を導入することが決まりました。そして21世紀に入り、小泉内閣では構造改革に伴い大規模な公共事業を停止させて、「骨太の方針」として財政の均衡化を目指しました。

 但しその後は「財政の均衡化」は金看板ではなくなります。何度も見直しを迫られて、未だに達成する見込みがありません。その上最近は、財政赤字は問題ではないとする学説(現代貨幣理論:odern onetary heory)も現われています。自ら貨幣を発行するのだから、赤字による国債が増加しても「インフレにならない限り」問題にはならないとする説です。そして現在の日本経済はインフレになる兆候は余り見られず、日本銀行は「マイナス金利政策」までとりました。

 そしてこの学説が追い風となって「バラマキ合戦」に拍車をかけています。

 

4 モノ言わぬ犬たち

 インフレにならないからと言って、無尽蔵に財政赤字を広げて言っては、国の財政が成り立たちません。そしてインフレはいつ起きるかわからず、インフレを阻止する役割の日本銀行は、過去のように政府に「モノを言って」金融政策を遂行する気概があるとは思えません。

 「気概」は政治家にも見つけられません。どれだけ「バラまく」かを国民に訴えていく姿は、まるで「閉店間際のクリアランス・セール」をしている印象を私には感じます。そこには国民に痛みや我慢も伴う「モノを言って」訴えることをしない政治家が集まっています。

 そして官僚。安倍1強時代に起きた、「モノ言わぬ」官僚たち。森友問題で起きた財務省近畿局の文書改ざん事件は、担当した職員は自殺するも、それを命じたと思われる官僚は結局は出世することになります(結局は辞職)。同様に官邸で総理を初めとする政治家関連の犯罪を「スイーパー」として活躍した検事正を、公務員法を「歪曲」してまで検事総長に出世させようと試みました。また新しい警察庁長官も、安倍首相に親しいジャーナリストの逮捕を刑事部長時代「握りつぶした」という噂が絶えません。

 

 「モノを言う」ことよりも、「モノを言わない」ことが問題だと痛切に感じます。そして「モノを言わない」のは、そのようにする周囲に問題があります。政治家が強くなれば忖度して「モノ言わない」官僚が出世して、「モノ言う」人たちは出世コースから排除されていきます。

 1週間後には総選挙があります。私たち有権者もただ「クリアランス・セールのチラシ」のように政党を比較するだけでなく、なぜその政策なのか、その裏付けは何かを考えて投票していき「モノ言える社会」にしていきたいものです。

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