【あらすじ】
新聞記者のビューアルは車を運転している最中、目の前を走る車に大きな看板が落ち、そのうち2人が死亡し1人が重傷を負うという事故を目撃した。不運な事故を思われたが、その後「HOG」と名乗る者から「あれは事故ではない。私が殺した」との犯行声明文がビューアルのもとに届く。
その事件を皮切りに、ニューヨーク州スパーダ町では連続殺人事件が発生する。一見、事故や自殺に見える事件に対して「HOG」から犯行声明が届き、不可能としか思えない状況であっても、確実に事件を遂行していく。そんな「HOG」に捜査当局は為す術もない。そこで捜査当局は、犯罪研究家のニッコロウ・ベネデッティ教授に協力を依頼する。
【感想】
作家テアンドリアはエラリー・クイーンに心酔して創作活動に入ったと言われ、その事前情報から本作品を読み始めた。そのため、ミッシングリンクとしてクリスティーの「ABC殺人事件」と比較して語られる面が多い本作品だが(確かにその通りではある)、私はクイーン的な論理に目が向いた。(とは言え、クイーンの「九尾の猫」と比較するのは無理筋と思う)
*ミッシングリンク物として比較される傑作
ブリザードが吹き荒れる地方都市の設定。その中で描かれるキャラの立つ捜査陣の人々。そして「天才犯罪研究家」ベネデッティ教授のキャラとその弟子のロンとの関係はホームズとワトスンを連想させるなど、クイーンに心酔した作者の、やや衰退気味な当時(1979年)における本格推理小説の復興の意欲も感じさせる。
「ストーブが使える状態だったのになぜ男は凍死したのか」という違和感から一気に解決まで持っていくスマートな論理。これはエラリー・クイーンそのものであり、クイーンの初期作品のいくつかを思い出させる。それから明かされる「連続殺人(MURDERS)」の謎。「ABC殺人事件」よりはるかに現実的でかつ無理の少ない、読者が納得しやすい独創的な理由となっている。
確かに「ミッシングリンク」としてのアイディアは素晴らしいが、それを包む論理の構成も非常に考え抜かれたものであり、単に「ミッシングリンク」ものとして整理する作品ではない。私は読んでいてなぜかクイーンの「ダブル・ダブル」を思い出してしまった。こちらは見立て殺人だが、本作品の「連続殺人(MURDERS)」の意味合いから見ると、自分の思う「見立て」に引っ張られた(これくらいならば、ネタバレにはならないでしょう)。
そして最後に明かされる「HOG」の意味。この着地も見事だが、私はまたまたクイーンの「盤面の敵」を思い出した。本格推理小説の復興に意欲を持って作られた作品だが、同時にクイーンへのオマージュも幾多もちりばめている。
*「見立て殺人」で作者がオマージュするクイーンの傑作
この作品の2年後、日本で「占星術殺人事件」が刊行される。ほぼ同時に日米で起こった本格推理小説の復興への動き。唐突だが、「百匹目の猿現象」(注)を思い出した。
(注)宮崎県幸島でサルがイモを洗うことを見て「ある行動、考えなどが、ある一定数を超えると、これが接触のない同類の仲間にも伝播する」と推測した。現在では根拠がないとされている。