小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

12 キドリントンから消えた娘 コリン・デクスター(1976)

【あらすじ】

 キドリントンに住んでいた女子学生が失踪してから2年後。その行方を追っていたエインリー警部が事故死し、その翌日に娘の手紙が親元に届いた事で、モース警部とルイス巡査部長に引き継いでの捜査が命じられる。単なる家出娘の捜索に気乗りのしないモース警部。そしてこの日付を、単なる偶然ととらえなかったモース警部は「われわれには死体がない」と言い、失踪事件を実は娘は殺されていると考える。

 関係者に聞き込んで捜査を進め、推理を重ねてはあっさりと放棄する繰り返しの中、なかなか、真相に辿り着かない。そうしているうちに、この失踪事件に関する殺人事件が発生して、事件は急展開を遂げる。果たしてモースの推理は、どれが外れて、どれが当たるのか・・・・

 

【感想】

 「ウッドストック行最終バス」に続くコリン・デクスターの第2作。シリーズの中で最高傑作の呼び名も高いが、最高に「推理を間違い続ける」作品として(?)特別な地位にある。

 警察の人間なのに安楽椅子探偵のように、聞きこみとか証拠集めとかの捜査をせず、与えられた情報及び自分の「好み」から様々な仮説を立て、その仮説について検討することを繰り返す。そのうち自分の思索に没頭し周囲の状況も忘れてしまう。とぼけているような気もするがやはり天然で、読み手からすると果たしてこれが警察の警部なのかと疑ってしまう。

 更に自分の仮説を部下のルイスに「押し付けて」捜査をさせて、その仮説が崩れるとまた「一人多重推理」を繰り返す。時にはルイスの推理を「奪い去って」自分の推理としてルイスに捜査を命じる。部下のルイスから見れば「思いつき」で捜査を命じられているとしか思えず、真面目に対応するルイスが可哀そうに思える(^^) ルイスが早く出世して、モースの上司になってもらいたい気持ちにさえなる。

 それもこれも2年前の失踪事件だからこんな悠長な捜査ができるのかとも思うのだが、そのうち本物の殺人事件が発生する。モースが「待ちに待った」死体のある事件(笑)。ここでも推理を繰り返す。なんだか早く真相にたどり着きたくないような印象さえもってしまうのが不思議。そうこうしているうちに、しびれを切らした犯人が現れて(?)無事解決となる。

f:id:nmukkun:20210828083952j:plain

 

 本格推理小説は、名探偵がいくつかのデータから「溜めに溜めて」唯一の真相を最後に開陳する。警察小説は、捜査本部で様々な可能性挙げては捜査陣が分担してその可能性を1つ1つ潰して、消去法を交えて真相に近づく。対してモース警部の場合は、1つの仮説にまず固執するが、その仮説が崩れると「柔軟に」次の仮説にとりかかる。部下もルイスしかいないので、捜査を同時進行することはできない。捜査の手法は探偵が捜査に携わるやり方に近いものがあるが、考え方は結局は警察の捜査手法に近いものがあるのかと思ってしまう。そんな印象はともかく、一応結果は出すので警察でも認められるのだろう。まったくイギリス文学のユーモアの使い方は奥が深い。

 発表されて時期からみても「モース警部もの」は、本格推理小説と警察小説の橋渡し的な役割を果たしているように見える。丁度このような作品が読者から求められた時期でもあるのだろう。このシリーズは13作続き、そのうちいくつかはミステリー界の賞を受賞している。そしてコリン・デクスターはイギリスでも代表的なミステリー作家となった。

             f:id:nmukkun:20210828084015j:plain

             *テレビ版「モース警部」シリーズ